第一章②

 うっ、ぐすんぐすん、と隣のベッドから泣き声と共に鼻を啜る音が聞こえる。声の主は我が友、グレイグだ。船に揺られて数日、明日はやっとソルティコの街に着くらしい。グレイグはそこで領主ジエーゴの元で騎士の鍛錬を受けるように言われていた。恐らく、この涙は明日オレやとの別れが寂しいからだろうと仮定する。だが、ここで声をかけてはいけない。立派な騎士になる為に修行に出るのだから、友との別れが寂しいからと言って逃げ出すわけにもいかないのだ。本音を言えばオレだって寂しい。血は繋がっていないが、あの日―――オレが天涯孤独となって以来、オレとグレイグは本当の兄弟のように育ってきた。離れるのが寂しくないと言えば嘘になる。

「……うぅ、なあホメロス、起きているか」

「……」

「ホメロス、ホメロス……。寝てるか、そりゃあそうだよなぁ……ぐすん……」

 また始まった。さっきからこの繰り返しだ。オレは心を鬼にして、決して呼び掛けには答えぬと思っていたがさすがに可哀想になってきた。そろそろ折れてやるべきか……いやしかし、と考えを巡らせていた時、不意に部屋のドアが開く。

「―――グレイグ、ホメロス、起きているかしら?」

「えっ!?お、お前どうして……!」

 グレイグが驚きの声をあげた。部屋に入ってきたのはのようだ。グレイグの問いには短く「何だか眠れなくて」と返す。
 あぁこいつもグレイグとの別れが寂しいのか。全く、こいつらは何故これほどまでに自分の気持ちに素直になることができるのか。もう少し大人になるべきなのでは、と思いつつもオレだけ取り残されるのも癪というもの。さて、どうすべきか。先程までぐずっていたグレイグは、オレが起きないと分かってに駆け寄り何かこそこそと話している。

「ホメロスは寝ているの?」

「そうみたいだ。ホメロスの奴、俺が明日いなくなるっていうのに酷いと思わないか?」

「ふふ、でもホメロスの事だし多分起きているわ。グレイグの事を思って、寝たふりをしているのかも」

 ―――のくせに生意気なことを。普段はのろまで愚図なのに、変なところで察しがいいとは一体の脳内はどんな構造をしているのだろうか。だが、丁度いい。こいつらがこそこそ話していた事を理由に目が覚めたことにしてさっさと起きだしてしまおう。

「……うるさいぞお前たち、今何時だと思っているんだ?」

 布団をバサリ、とはいで起きだすとは「ほらね」と言いたげな表情でグレイグに微笑んでいた。

「言っておくが、別にオレは寝たふりをしていたわけではないからな。お前たちのひそひそ話がうるさくて、」

「……ホメロスが起きだしてから誰もお前が寝たふりをしていた、だなんて言ってないぞ」

 しまった、と思っても遅かった。思わず自分の口を押さえたが、時すでに遅しというやつでグレイグはこちらを見てにやにやと笑っているし、は口元を抑えて震えている。くそ、こうなるくらいなら最初からグレイグの声に応えていれば良かったのだろうか。オレがとんでもなく馬鹿みたいで、どうしようもない怒りを、グレイグを軽くにらみつけるという形で消化した。それでも少しだけ苛々が残ったため、未だにくすくす笑っているの頬を抓る。

「いひゃいわ、ほめよす」

「うるさい、いつまでも笑っているからだ!」

「ほえんなひゃい」

 恐らく「ごめんなさい」と言ったのだろう。パッと手を離すと、彼女はオレに抓られて少し赤くなった部分を押さえた。それをしかめっ面で見ていると、先程まではぐすぐすと泣いていたグレイグも幾分か明るい顔をし始め、部屋の雰囲気が変わる。

「いいなぁ、ホメロスとは。俺もクレイモランに行きたかった」

「馬鹿を言え。オレはむしろこののろまの面倒を見ねばならぬという事が不安でしかないぞ」

「まあひどい!別にホメロスに面倒を見てもらわなくとも、自分のことは自分でできますわ!」

 出航の時にあれだけ慌てていたのにか?と突っ込みを入れると、あ、と声を上げて彼女はオレから目をそらした。グレイグもこればかりはフォローを入れることができずただ黙ってオレとのやり取りを見ている。

 とは言え、正直な事を言うと、クレイモランに赴くのはもちろんオレ自身初めての経験となる。一人ではないということはそれだけで心の支えにもなりうる為、その点ではと一緒で助かったと思う。グレイグはさぞかし心細いはずだ。未だに暗闇に恐怖して眠れぬ事もあるし、本当に大丈夫なのだろうか。で、突拍子のないことを仕出かして婦長に叱られることも多いし、何だか自分が成長できるか否かよりも幼馴染たちの今後に大きな不安を覚え始める。―――本当に大丈夫なのか、こいつらは。オレがいなくてもグレイグはちゃんと一人で寝れるのか?は己に課された職務をしっかりと全うできるのだろうか。あぁ、不安だ。

 オレがそうして心配しているのをよそに、は手にしていた数枚のクッキーをグレイグとオレに手渡してきた。

「どこで貰ってきたんだ、これ」

「内緒にしてね。今日の夜、夕食のお片付けをしていた時にこっそり食糧庫からくすねてきたの!……少しならバレないし、明日はグレイグとお別れだから、最後に三人でお菓子でも食べながらお話したくって」

「おぉ!、お前中々勇気があるんだな!」

 さっそくから手渡されたクッキーを口に含みながらグレイグが言う。しかし、本当に食べても大丈夫なのだろうか。もしジエーゴ殿やクレイモラン王への貢物だったら、大変なことになるのではとも考えたが、まさかそんな事はないだろう。も自分の分を食べ始め、オレも二人に倣いクッキーを口に含んだ。甘いミルクの風味が口いっぱいに広がり、ほろほろとくちどけの良いクッキーはあっという間に胃の中へ落ちていく。

「うまい」

「そういえば昔、ホメロスもオレにクッキーをくれたことあったよなぁ」

「そうだったか?……あぁ、お前の夜泣きがうるさくて口に突っ込んだアレのことか」

「まあホメロスったら、グレイグが可哀そうよ」

 そうして他愛ない話を少し交した後に、が部屋を出ていく。ふと窓の外を見ると、大海原を明るく大きな月が辺りを照らしている。綺麗だな、と思っているとオレの心の中を読んだかのようにグレイグが全く同じことを口に出した。

「―――綺麗だなぁ」

「……」

「なぁホメロス」

「どうした」

 絶対、強くなってデルカダールに帰ってこような!と出航の時と変わらない笑顔でグレイグが言う。……あぁ、だからお前の笑顔は眩しすぎるんだ。オレは果たして、この輝きと隣に立って我が国を率いていけるのだろうか。そんな事を考えながら、オレとグレイグはそれぞれのベッドに潜りこみ目を閉じた。

 次の日。
 昨晩は少しだけ夜更かしをした為に、いつもより寝起きが悪かった。目を覚まして起き上がる頃には既にグレイグが自分の荷物をまとめ終えていた頃で、オレに気づいたグレイグが「おはようホメロス」といつものように笑顔を向ける。夜は眠れない代わりに、グレイグは朝に強い。寝ぼけるオレをたたき起こしては準備を急かす事に、低血圧気味のオレは苛々することがあったのだが、そのやり取りも今日で一旦終わりだ。

 第一の目的地であるソルティコに船着き場はないらしく、船は一度ソルティアナ海岸に止めることになった。グレイグや他の先輩兵士はそこから歩いてソルティコに向かうらしい。昨晩はあれだけぐずっていたグレイグも、ようやく決心がついたのか晴々とした顔で船を降りていった。

「ホメロス~!クレイモランでも頑張れよ~~!」

「わかっている!お前もやるべき事はしっかりこなせよグレイグ!!」

「グレイグ~!お手紙たくさん書くから、ちゃんと返してくださいね~!」

 船が動き出すと同時に、オレとはグレイグに向けてそれぞれ別れの挨拶を済ませる。がメイドに呼ばれ一旦席を外した後も、オレは小さくなるグレイグの後ろ姿をずっと見ていた。―――アイツは努力家で何事にも一生懸命に取り組む奴だ。例えデルカダールでの剣の評価が「とにかく不器用」だとか「あまりにも下手」だったとしても、優秀な成績をあげて帰ってくるに違いない。グレイグの背中を見て、そう直感した。オレはそうなれるのだろうか?小さなころは神童などと言われたが、それも昔の話。今は中々伸びない己の実力を恨む毎日だ。グレイグだけではなく、も普段は抜けているものの、仕事には真面目に取り組んでおり、その功績が認められ着々と任せられる仕事の量が増えている。オレも負けてはいられない。

「……置いていかれるのだけは、勘弁だからな」

「誰に?」

 いつの間に戻ってきていたのか、がひょっこりと顔を出した。

「うわっ!何故お前はいつも唐突に現れるんだ!?」

「何度も呼んだわ。……何か思いつめている事でも?」

 不安そうな顔でこちらを見つめるに「何でもない」と返す。何かしら突っ込まれるかと思いきや、案外さらりと「そう?」と一言だけ零し、オレが詮索される事を嫌うのを知ってか知らずか、彼女はそれ以上何も言わなかった。ソルティコの水門を通りかけ、暫くお互いに無言の時間を過ごす。その間にもオレはクレイモランで何をすべきか、己のどんな部分を磨くべきかをずっと考えていた。グレイグの隣に胸を張って並び立てる騎士になるには、一体どうあるべきなのか、と思考を巡らせているとが不意に口を開いた。

「……ねぇホメロス。もしかして、自分の在り方について悩んでいるのかしら?」

「どうしてそう思う」

「顔に書いてあります」

 はそう言ってふふ、と微笑みを浮かべる。オレはそこまで思いつめていたのだろうか。自分では気づきもしなかったが、そういえばという女は妙に人の些細な変化にだけは鋭い女だったと思い出す。昔からそういうところはよく見受けられていて、普段の性格のわりに中々厄介な特技を持っているな、などと思っていた。

「―――別に、そんな深刻なことでもない。オレの心配をする前に己の心配をすることだな」

「そうですか?……あまりため込みすぎないでね、ホメロス。最近のホメロスは何だか笑顔がぎこちないから」

「気のせいだ。オレはもう部屋に戻る……何だか寒くなってきたし、そろそろクレイモラン地方に入る頃だ。着こんでおけよ」

 気温が急激に下がるからな、と一言声をかけてオレはグレイグがいなくなって少し広くなった部屋に戻る。うるさかったグレイグがいなくなり、多少は集中して勉強に励めるかと思ったが、それとは裏腹に全く勉強が進まない。クレイモラン地方に近づくにつれどんどん気温が下がり始めているのもあり、寒さのせいで頭が回っていないせいだ、と自分に言い聞かせる。まさかこのオレが"物足りなさ故に"何も手に着かないなど考えたくなかった。そこまでオレは子供ではない。こうやってオレが足踏みをしている時にもグレイグは少しずつ成長していっているのだ。負けられるか。肩を並べるためにもしっかりせねば。

「……ダメだな、一旦外の空気にでもあたるか」

 そうすればこの憂鬱な気分も少しはすっきりするはずだ。クレイモラン地方特有の冷気にあたれば頭も冴えるだろうし、一石二鳥というもの。オレは持参していた外套を羽織り部屋から甲板に移動する。船内は少し肌寒い程度で済んでいたが、一歩甲板へ足を踏み入れると、冷気が肌を突き刺してきた。辺り一面は吹雪いており視界は最悪。うっすらとした月明かりが灰色の厚い雲をすり抜けているものの、道標にすらなりやしない。景観はどうにもパッとしないが、晴々としているよりもこちらの方が気分的にも丁度いいと感じた。

「自分の在り方、か」

 がソルティコの水門付近で呟いた言葉を繰り返す。悩んでいる―――とは少し違うのかもしれないが、確かにオレがどう在るべきなのか見当がつかなくなっている部分はあった。昔はそれこそ、ただ母上に言われたとおりに立派な騎士になるべく鍛錬や勉学に励み、努力していればいいのだと思っていたが、最近ではそれだけで立派な騎士にはなれないと気付いたうえに、努力は人を裏切るものだと理解してしまっている。がむしゃらに努力すればいい、という話ではないし、かといって休んでいてもグレイグに置いて行かれてしまう。それだけは嫌だった。二人で王国一の騎士になり、王を前にグレイグの隣に並ぶという幼き日の誓いがオレにとっての全てなのだ。そうなる為には、グレイグと共に強くならねばいけないというのに、最近のオレはどうだ。勉学の方ではグレイグに負けることはなかったが、鍛錬ではめっきり勝てなくなってきてしまった。元よりグレイグは力が強く、オレより身長も高いため力で押されるとどうにもできないのだ。グレイグがオレを破り、笑顔で「今日も俺の勝ちだな、ホメロス!」と手を差し伸べてくる度にオレの心はちくり、と痛む。

「―――オレだって、努力してるさ。毎日トレーニングだって欠かしていないし、力をつける為に普段からたくさん食べるようになった」

 一体、何がダメなのかがわからない。どうすればオレはグレイグに近づけるのだろう。いくら悩んでもその答えは一向に見つからないのだ。ここまで悩んだことが果たして今まであっただろうか。

「オレはどう在ればグレイグの隣に立てるのだ……」

 そう呟いた時だった。

「……ホメロスはホメロスのままでいいのよ」

 船内に降りるための階段の方から、柔らかな声が響いた。突き刺す冷気とどんよりとした雲まで優しく包み込むようにふわりとした声だ。誰か、なんて振り向かずとも分かる。この空気を読まずにふわふわとしたいつもの口調で話しかける奴は一人しかいない。

か。盗み聞きとは随分と人が悪いな」

「ごめんなさい。そんなつもりはなかったのだけれど」

「知っている。……何しに来た」

 そう問えば、は「目が冴えてしまったの」と短く答えた。目が冴え、ふとドア窓に目をやると甲板の方に向かうオレの姿を捉えたらしい。気になってついてきた、というわけだ。しくじった、と心の中でオレは呟く。もう少し周りを見るべきだった。別段、甲板に出るところを見られたからといって何か困ることがあるわけではない。……オレがこうして悩んでいる姿を見られたという点以外は。
 オレは誰かに弱みを握られることを嫌っている。弱みを握られることで下に見られたり馬鹿にされたりするということは過去の出生のことや父親がいないことであれこれと噂された幼少期で体験済みだ。例えそれがこののろまな幼馴染であったとしてもそれは変わらない。

「いいか、今聞いたことは口外するなよ。さもなくば、」

 どんな目にあっても文句は言うなよ、と脅そうとしたがそれは叶わなかった。オレの言葉に合わせて彼女はこういった。

「あのねホメロス。何事も一人でこなせる人なんていないわ」

「……」

 知っている。そんな当たり前の事を三つも年下の子供に言われずとも分かっている。オレは無性に腹が立ってを睨んだが、これと言って怯むことなく彼女は続けた。

「―――ホメロスはホメロスのままでグレイグの隣に立てる。人は、誰しも長所があって短所があるもの。グレイグの短所はホメロスが補ってあげればいいし、逆にホメロスの短所はグレイグが補えばいい」

「フン、何を当たり前の事を。そんな事を言いにわざわざ来たのか?」

「そう、当たり前の事よ。でも、ホメロスってばさっきからそんな当たり前の事を忘れているんだもの。どう在ればいいか、なんて考えるまでもないのに」

 瞬間、オレは自分の目が見開く感覚を覚えた。あれだけ悩んでいた種が、スッと胸の内から消えていくのを確かに感じたのだ。かなり癪ではあるが、の言葉によって、オレはどうやら"当たり前"の事を頭の隅に追いやっていた事に気づいた。のような、普段から何を考えているか分からない阿呆でも気づくことにオレは今まであれこれと考えていたのか、と途端に馬鹿馬鹿しくなってきて、はぁ、と白い息を吐く。オレは随分と頭が回っていなかったようだ。これからは更に知識も養わねばという時に、グレイグの馬鹿力に対抗したいが為に頭に回す栄養まで筋肉へと変えていたのかもしれない。

「ぐっ……、貴様から説教を喰らう日が来るとはなんとも自分が情けない……」

「もう!そうやってすぐに私を馬鹿にして……。私が言いたかった事、ちゃんと伝わっていますか?」

「オレを誰だと思っているんだ。このホメロスが貴様のようなのろまが言うことを理解できないはずがなかろう」

「ふふ、はいはい、分かっていますわ。……一人ではどうにもできない事も二人いれば何とかなるものです。人という字は、人と人が支えあって出来たものですし。―――ですから、そうやって一人で抱え込まないでくださいね。ホメロスが話したくなったらで構いません。私は、話を聞くことくらいしかできませんけれど」

 はそう言って笑った。大きなお世話だ、と思うが、こいつに何を言ったところでどうにもならない。人の気持ちに敏感で、困っているようであれば手を差し伸べずにはいられない性格なのだ。という女は。
 ―――本当にお人好しな奴。
 人間は何も善人ばかりではないし、こういったお人好しはいつかそれで身を亡ぼすと思って馬鹿にしていたが、そのお人好しにオレは助けられてしまった。

「……気が向いたらな」

「ええ、いいですよ。それでも」

 気が付けば吹雪は止んでおり、厚い雲の間から月が顔を出していた。静かな波の音が辺りを包む。しかし、いくら吹雪が止んだとはいえここは万年雪の国であるクレイモラン。突き刺すような寒さは変わらず、そろそろ身体も冷え切ってくる頃だった。

「―――戻るか。風邪をひいても困る」

「そうですわね。……確かに、寒いですわ。今更ですけど、少し薄着でこちらに来てしまったものでだいぶ冷えてしまいました」

 ふる、と身を震わせながら両手にはぁ、と白い息を吐く。翌々見たらが着ているのはレースのネグリジェで、それは果たして身を暖める機能があるのだろうかと疑うものだった。オレの目線で察したのか「外套を部屋に置いてきてしまったんです」と彼女は困ったように笑う。さすがに可哀想だと思い、オレは羽織っていた外套を脱いで彼女に投げつけた。

「きゃっ」

「多少は寒さを和らげられるだろう。羽織っていろ」

「で、でもそれじゃあホメロスが」

「別に、オレはお前と違ってそこまでヤワではない」

 外套の下はオレも薄いシャツ一枚しか着ておらず、一気に体温が下がっていくのを感じた。しかし、ここでそれを顔に出せばまた面倒なことになる。あぁ、オレもコイツと過ごすうちにお人好しがうつってしまったのかもしれない。全く、迷惑極まりないな。

「―――あ、そうだわ!ねぇホメロス、」

 こうすれば私もホメロスも暖かいわ、と言いながらは羽織った外套を一度脱ぎ、片側をオレの肩にかけた。シャツ越しに人肌特有の心地よい温もりが伝わってくる。互いに薄い生地の服を纏っていた為に、どうにもその温かさがこそばゆくて仕方がない。夜眠れずにオレの部屋に入ってきてはベッドに潜ってくるグレイグとはまた違う温度。シルクのようになめらかな肌で、ほんのり鼻を擽るのは女が発する、特有の甘い香り。何て不埒な、そんな事を考えている暇などないと己を律する。

「おい、オレの事は気にするなと、」

「まだ大部屋の暖炉がついていたから、そこで一度暖まってから部屋に戻りましょう。ほら、一人では寒いけれど、こうして二人寄り添えば少しは暖かくなります!」

「―――さっきのとこれとではまた話が違うと思うのだが」

 それでも、確かに気分は悪くない。一人で延々と悩むよりは、のような奴にでも吐き出して幾分か楽になるならばきっとその方がいいだろう。オレは珍しく黙っての案を受け入れた。後日、そのまま二人で暖炉の前で寝入ってしまい、それを見つけた兵士長と婦長に叱られたのは言うまでもない。やはり受け入れるんじゃなかったと後悔しつつも、が「叱られても二人だったから耐えられました!」とか言うものだから、それが何だかおかしくてオレは思わずふ、と笑みを浮かべたのだった。

小さな頃のホメロスを考えると胸が痛みます。辛くて。

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