第一章③

 久しぶりに地に足をつけたような感覚に囚われる。コツ、とわざと足音を立てて桟橋に降り立った。目の前にそびえたつのは、自身の背丈の何倍もある大きな門。やっとついたのだ、オレたちの留学先であるクレイモランに。デルカダールを旅立ってから何日経ったのだろう。かれこれ二、三週間はかかっているのではないかと思うくらいには長い船旅だった。生活面で特に苦労したことはないが、そう、強いて言えば―――があれこれとオレに構ってきてその相手をするのがかなり面倒だった事くらいか。コイツそこまで寂しがりやだったか?と思う程にはかなりちょっかいをかけられた気がするが、翌々考えたらはグレイグとちょくちょく顔を合わせて何かしていたから、寂しいのではなく単に暇を持て余していたのかもしれない。あぁ本当に、とこれから数年一緒に勉強をしなければならないと考えると胃が痛くなってくる。当の本人はオレの気など露知らず、といった感じで颯爽と船を降りてクレイモラン城下町へと向かって行った。

「あ、ホメロス!すまない、荷物を下ろすのを手伝ってくれないか!!」

「先輩。……了解しました、今戻ります!」

 先に駆けていったの事は少々気になったが、まぁ、この短時間でそう簡単に問題を起こす事もないだろう。そう思ってオレは船に引き返したのだが―――、その考えが如何に甘かったか、オレは後になって知ることになった。
 
 先輩に言われた荷物を下ろし、自分の荷物を纏めて指定された寮へと持っていく途中の出来事だ。何やらその寮のある建物の前でちょっとした人だかりが出来ている。何事か、と思って人混みをかき分けてオレが目にしたのは、バイキングのような荒くれ者に応対する鈍間、否―――だった。

「おうおうお嬢さんよぉ、さっきからジロジロ見てきやがって一体何のつもりだ!?」

「いえ、ですから……肩に怪我を負っているようでしたし、化膿してしまうと危険です、と」

「だぁから!!これは怪我じゃねぇって何回言えばわかるんだ!?どこの国から来たんだ!」

 ……あぁ、そうだ、そうだった。はそういう女だった。少しでも目を離すと必ず何かしら問題を起こしては後々先輩メイドに叱られるような、抜けた女だという事を何故オレは忘れていたのだろう。無視してやろうか、とは思ったがこれ以上面倒ごとを増やされても困る。オレは荷物をその場に下ろしと荒くれ者の間に割り込んだ。

「何だテメェ!」

「……すいません。オレたちはデルカダール王国から来た留学生です。連れの者が何かご迷惑をお掛けしたように見えましたが、どうかなされたのか」

 そう丁寧に返すと、意外にも物分かりはいいのか、それともデルカダールという大国の名前に驚いたのか、荒くれ者はすぐに平静を保ちオレの問いに答えた。

「いや、さっきからこのお嬢さんが変にガン飛ばしてきやがるから少し気に障っただけだ。……まぁ本人も悪気があったわけじゃねぇようだな。だがなぁお嬢さん、人の話はちゃんと聞くもんだぜ。肩のこれはタトゥーだ、タトゥー!」

 荒くれ者は肩をトントン、と軽く叩く。ぱっと見は確かに切り傷を負っているように見えたが翌々見るとタトゥーである事がわかる。なるほど、随分巧妙に施されたものだと感心する反面、何故そのように悪趣味なタトゥーを分かりやすいところにつけたのか、この荒くれ者のセンスに疑問を持った。勘違いしただと思ったが、これではそのように勘違いされるものを人目につく場所に施したこの男も男だな、と内心で呟く。荒くれ者は「じゃあな留学生!」とひと声あげてそのまま去っていった。特に危害を加えることもなく、根はいい奴なのかもしれぬと感じたところでオレはこの騒ぎの元凶に目を向ける。反省も何もしていないのか、未だに頭の上にクエスチョンマークを浮かべているその様子にオレは呆れた。全く、本当にこの女には手を焼く。何故オレがここまで面倒を見なければならないのか疑問だ。見限ってしまえばそれまでだが、何故か負けた気がしてその方法をとるわけにもいかない。本当にには頭を抱える。

「―――おい、鈍間。一体これはどういう事か説明しろ」

「どういう事、と言われましても……。痛そうだなぁ、と思って声をかけようかかけまいか考えていただけですわ!そうしたら、あちらから声をかけてきて下さったのはいいものの、どうやらお怒りのようでして」

「それは……、あぁ、わかった。貴様にはどうやら少し世間の荒波に揉まれてもらう必要があるなよ。話にならん、オレは貴様と声を交わすだけで頭が痛くなってくる」

 わざとそう言って引き離してやろうとしたが、あろうことかはオレに駆け寄って自身の手をオレの額にあてた。

「まぁ!ホメロス、頭が痛いだなんて、もしかしてお風邪を拗らせたのでは……?大丈夫ですか?」

「~~っ!だからお前は阿呆だと……!」

 何故こうもオレの周りの親しい人間は人の言葉を額面通りに受け取ってしまうのか。素直、と言えば聞こえはいいがオレからすればグレイグもも総じて馬鹿で阿呆なだけだ。もう少し考えて人と会話をしろ、と何度口を挟みたくなったことか。デルカダール国内にいるならまだしも、外の世界には性善説で生きているような人間ばかりではないのだ。人の好意を踏みにじり、己の得や欲望を叶える為に他人を利用する奴だっている。そういう輩にいいカモにされてはたまったものではない。だからこそ、警戒心は誰に対しても持つべきだとオレは思っているが、どうにもグレイグやはそうではないらしい。
 まだクレイモランに着いたばかりで、荷物すら寮に持ち運べていないというのに、とのやり取りでオレは相当疲れてしまった。さっさと部屋に行き、荷解きを済ませてしまおうと考え、心配しているをよそにオレは寮の扉を開けた。

「ホメロス?」

「突っ立っていないで、早く荷物を持っていけ。この後はクレイモラン王に謁見するんだ、遅れるなよ。遊びに来たわけではないのだ、オレはお守りなど御免だからな」

「それは……、大丈夫です。心得ています!そうですわね、きっと立派になってみせます、グレイグとホメロスに負けてはいられませんから」

 はそう言って、オレとは反対側の階段を上っていった。数秒も経たぬうちにガチャガチャとドアを開けては「しっ、失礼しました!」やら「申し訳ございません!」やら聞こえてきたが本当に大丈夫なのだろうか。だが、ここでオレが手を出したところで全く成長しないだろうし、男のオレが女子寮に入るわけにもいかない。バタバタとしたアイツは放っておいて、オレはオレのなすべき事をするだけ。

 男子寮の階段を上ると、外から見たよりも中はずっと広く、一本の廊下を挟んで左右に扉が何箇所かついていた。事前に指定されていた部屋のドアを開けると、必要最低限の家具は備え付けてあるようだ。勉強用の机と椅子、ベッドに空の本棚。観光に来たわけではないので、それ以上の物は必要ない。勉強する環境は申し分ないが、鍛錬するとなるとこの部屋では狭いうえに、周囲に迷惑がかかる。それは後々考えるとして、オレは背負った荷物の荷解き作業にはいった。
 デルカダールから持ってきた私物は数着の服と、愛読書を何冊か、勉強道具など。ひとつひとつ荷物入れから出していき所定の場所へと移動させる。

「……こんなものか。やはり持ってくるものを最小限に抑えておいて正解だったな」

 あれこれ惜しんだものはあったが、それら全てを持ってきたところで、どうせ使用頻度は限られてくるし生活用品や服などはこちらで十分調達できる。グレイグにはそう伝えておいた為、アイツも荷物は最小限にしていたようだが、果たしては―――、いや、考えるまでもない。出てくる際に既にあの様子だったし、手伝ってやらねば終わらなかったくらいだ。アドバイスくらい最初にしてやるべきだっただろうか。

「いやいや……何故このオレがそこまで手を貸さねばならぬのだ。そんな義理もない、はず……」

 ただの昔馴染みというだけで、そういえばオレはアイツと友達になった覚えもなかった。グレイグとはあの日以来ずっとそういう体で付き合ってきているし、唯一無二の親友だと思っている。では、はどうだ?別に友達になろう、とわざわざ言わずともそういう関係を築ける事は可能なのだろうが、果たしてオレと彼女の関係は”友達”と言えるのだろうか。個人的な見解だが、友人とは対等であるべきだと考えている。突拍子もない事をしでかすアイツのフォローをしたり、面倒を仕方なく見てやったり、だいたいオレの方が苦労させられていることが多い事を考慮すると対等であるとは言えないのではないか?となると、オレとアイツは一体どういった関係になるのだろう。

「顔見知り……にしては一緒に居る期間が長いな。昔馴染みはどうにもしっくりこない。……やはり友人なのか?」

 けれど、アイツと友人であると認めようとすると、どうにも胸のあたりがむず痒くなって気持ちが悪い。こんな感情を抱くのは初めてだった。傍に居るだけで手のかかる女は、いない時までも手を焼くものなのか。

「全く、はた迷惑な女だなアイツは」

 ぼそり、と誰に向けて言ったのかもわからない声は空気と一緒に溶けて消えていった。
そうして暫くは一人で寮の中をあれこれ探索し、脱衣所や食堂など諸々の施設がどこにあるのかを確認した辺りでそろそろクレイモラン王との謁見の時間が近づいてきた。寮から外へ出る扉の前に立ち、を待つ。すると五分程度待ったところでぱたぱたと足音を鳴らしながらが降りてきた。

「すいません~!お待たせしましたか?」

「いや。……荷物は片付いたのか。だいぶ量があるようだったが」

「はい!ホメロスが綺麗に纏めてくださっていたので、すぐに終わりました。ありがとうございます」

 彼女はそう言って朗らかに笑う。別にの為に綺麗に纏めてやったわけではなく、普段の癖が出てしまっただけではあるのだが。それはそれとして、こうして礼を言われる事自体は悪くない。ぺこり、と洗練された動きで頭を下げたを横目で見つつ扉を開けると、突き刺すような風が室内へ入り込んできた。

「凄い冷気だな……。天候が悪化したか?おい、早めに城へ向かうぞ」

「そうですね、外套があるとはいえ、やはりデルカダールの冬とは訳が違いますもの。……あ、見てホメロス」

 がす、と指をさした方に目を向けるとクレイモランの民―――六歳くらいだろうか。男女が身を寄せ合い、背中を丸めて雪だるまを作っている様子が目に入る。

「ふふ、微笑ましいですわね。雪国ならではの光景だと思いませんか?」

「……それはそうだが。何だ、まさか貴様も雪遊びしたいなどと言う訳ではあるまいな」

「違いま……いえ、少しは気になりますけど!」

 そうではなくて、とあれこれ何か言いたげな彼女だったが謁見の時間も差し迫っていた為、律義に相手にしている暇もない。彼女が何を言いたかったのか、あれを通して何を伝えたかったのかオレには理解できなかった。だがの事だ、どうせ碌でもない事に決まっている。そう思うことにして、オレたちは二人でクレイモラン城へと向かった。道中、城前の中央広場に建てられた建築物に珍しくオレも興味を惹かれたがそんな暇はないと言い聞かせ城門へと足を進める。

 門番には話が通っていたのか、オレたちは特に怪しまれる様子もなく城に入ることが出来た。城の中は広いにも関わらず十分に暖かさが保たれており、荘厳で冷たさのある外観とは裏腹に居心地よい印象を受ける。天井から吊るされた豪勢なシャンデリアとステンドグラスは今まで見たことのない程に美しい。デルカダール城ももちろん白壁やモザイク調の装飾が美しいが、それとはまた違った美しさをこのクレイモラン城は有している。デルカダール城が強国をイメージさせる造りをしているのなら、こちらは争いを好まず、学問で育った国でありその繊細な美しさがこの城の装飾や造りによく表れていると思う。

「まぁ……。こんなに美しいステンドグラスは生まれて初めて見ましたわ……。ユグノア城も自然あふれる美しいお城でしたが、クレイモラン城は何といいますか……繊細ですわね」

「あぁ。それに、城前の建築物……。あれの動力は魔法だろう、さすがは学問と魔法の国と言ったところか」

 そのように他愛のない会話を交わしながらオレたちは王が待つ場所へと向かった。大きな扉を開くと、荘厳な吹き抜けの空間の中心に円形の舞台がある。左右に回り込むように階段があり、それを上ると玉座があるようだ。二人で恐る恐る登りきると、柔らかな微笑みを浮かべた細身の老人がそこに座っていた。纏う雰囲気は柔らかく、一見普通のご老人にも見えなくはないが王族特有のただならぬオーラと威厳は隠しきれるものではない。オレとは玉座の前で深く頭を下げた。

「―――お初にお目にかかります、クレイモラン王。デルカダール王からの命で、本日よりこの英知の国クレイモランで学を学ぶ為参りました。ホメロスと申します」

「同じく、デルカダールより参りました、と申します」

「……頭をあげよ。ほっほ、随分あどけなさの残る子を寄越したものだ。デルカダール王から話は聞いている。思う存分学んでいきなさい、それが国の為になる。知識は時に力を制すものだ。この国はそうやって発展してきたのだから」

「「はい。感謝致します」」

 同じようにまた頭を下げる。なるほど、英知の国の王というものだからどれほど頭が固い頑固な老人かと思いきや、表情だけで言えば我が王の方が固い。若年だからと、下に見られるかもしれないとも思ったが、あの様子ならば安心だろう。こういった些細なやり取りもいつか行うであろう国交の場面で役に立つ。そんなことを考えながら歩いていると、ふと隣にいたが話しかけてきた。

「……クレイモラン王、とても素晴らしいお方でしたわね!様々な古典や歴史に精通していて、勇者の伝説にも詳しいと聞いていますわ」

「そうだな。博識とも言われているらしい。さすがに少し緊張した」

「まぁ、ホメロスが?あんなに胸を張っていらしたのに」

 珍しい事もあるものですね、と微笑みを浮かべながらは言う。
 珍しいも何もあるか。さすがにオレもこの歳で国の代表として王に謁見するとなると緊張のひとつやふたつするに決まっている。けれども、自信がなさそうに振る舞っているとデルカダールという国の地位や品が損なわれてしまう可能性も少なくない。ただでさえデルカダールはロトゼタシアいちの大国として名を馳せているのだから下手なことはできないのだ。それをコイツは分かっていないのだろうか、何とも嘆かわしい。

「フン、お前のように何も考えず振る舞っているわけじゃないんだ。少しはその足りない脳みそを使って考えてみたらどうだ」

「……大方、自信がないと思われると今後交流するにあたって不都合が生まれてしまうから、などではありませんか?違っていたらごめんなさい」

 すらすらと、一度も言い淀むこともなく彼女はそう言い切る。オレは思わず目を見開いて固まることしかできなかった。なんだ、ちゃんと考えていたのか、と言えればいいのだがどうにもその言葉が出てこずに「……及第点だ」という捻くれた答えしか返せない。昔からそういう性分なのだから、今更変えようと思ったところで変わらないし、仕方のないことだ。グレイグにも何度ももう少し素直になれと言われてきたが、言葉の裏に隠した思いをグレイグやがしっかりと読み取れるのであれば特に問題はない。現に、も「良かった」と笑顔でいるのだから、それでいいだろう。

 それからは特に会話をすることもなく、城を出た。城を出るとまたあの突き刺すような寒さに晒されるものの、オレの意識はそこに向かずあの建築物に向いている。王との謁見前にも目にしたものだが、よく出来た宝玉だと感心せざるを得ない。エメラルドグリーンに輝く宝玉の周囲を金細工の環が幾重にも重なってからくりのように動いている。動力源は恐らく魔法か何かだ。そうでなければこのように動くはずがない。宝玉の下には三段の噴水が仕組まれていて、宝玉の淡い光噴水の水が反射している。が隣にいるのも忘れ、宝玉が動く仕組みや構造、建築技術などに魅入っていると、近くの住民がこそこそ何か話しているのを耳にした。

「本当に綺麗よね、エターナルストーン」

「クレイモランの平和を祈ったものだもん、そりゃそうだよ。それにほら、ね……」

「恋人同士が愛を誓うと、その愛は永遠に続くってやつでしょ!?ロマンチックだよね……もしかしてあの二人もそうなのかな?」

 そのような下らない与太話で盛り上がりながら、こちらの様子をちらちらと伺いつつその住民たちはこの場を後にし各々の家へと帰っていった。せっかく集中していたのに、どうでもいいことで集中が削がれた為、また人が少なくなった時間にじっくり見に来るかと思い寮へ戻ろうとしたが、はぼうっとその宝玉―――エターナルストーンを見ながら突っ立っている。

「おい、。何をしている?帰るぞ」

「いえ、さっきの話がもし本当なら、祈ろうかと思いまして」

「は、あんなもの誰かが流した法螺話に決まっているだろう?永遠なんてものは存在しない。人はいつか死ぬのだ、それとも何だ?先ほどの話が本当だったとして、お前は死後も誰かをずっと愛し続けられるのか」

 オレがそう返すとは「それは……どうでしょう」と珍しく何かを考えるような素振りを見せた。昔からこの手の話は幾度となく聞いてきたが、どれもどこの馬の骨かもわからない奴が適当な事を”それが本当だ”とでも言うように広めた噂に過ぎないとオレは考えている。または集客の為にでっち上げた話かの二択だろう。そもそも”永遠に続く”なんて保証が一体どこにある。人は遅かれ早かれ死ぬし、その愛を死後まで見届けた奴がいるとでもいうのだろうか。否、そんな事は誰にも出来やしない。永遠とはそういう事だろう?死んでまで誰かを想い続けるなんて、そんな馬鹿げた話があってたまるか。こんなものや大樹なんかに祈りを捧げるより、己の胸に秘めて留めておく方がよっぽど有意義だ。

「ほら、答えられないではないか」

「確証は持てませんから。……けれど、私は全くないとは言い切れないと思います。それに、疑うよりも信じたほうが何だか叶うような気がしてきませんか?」

 ね、とはこちらに手を差し出す。の話を聞いてもなお、オレはくだらないと思ったが何故かその手を振り払うことが出来ず、そっと握り返してしまった。

「ふふ、じゃあ祈りますね!」

「オレは誓わんからな。勝手にしろ」

「大丈夫です、ホメロスの分まで私が祈りますので~!」

 ふわふわと、どこか楽しそうな声では言う。彼女はオレと手をつないだまま右手と左手を合わせた。オレの手は彼女の両手に包まれる形となる。外気のせいでかなり冷たくなったオレの手は、いつかのように彼女の柔らかな温もりで侵食されていく。相変わらず妙な羞恥に囚われつつも振りほどく気にはなれない。ところで、一体コイツは何を願うのだろう。愛を誓うとかなんとか住民は言っていたが、まさかそれではあるまい。別にオレとはそういった関係ではないのだから。仮にがオレに恋心を抱いていたとしても、こんなに手の付けられない女はお断りだが。

「―――グレイグとホメロスと、いつまでも三人仲良く一緒にいられますように」

 あれこれ余計なことを考えていたオレの耳に入ってきたのは、そんな祈りだった。の横顔は普段の緩んだものではなく、真剣だ。三人仲良くいつまでも一緒に、という祈り自体はささやかではあるが、それに込められた思いはそう単純なものでもないのだと、オレは瞬時に理解した。何故なら、それは少なからずオレも、そしてきっとグレイグも抱いていた思いであるからだ。永遠なんて言葉は信じないし、いつまでも、なんて保証もない。けれど、このオレでさえも”できうる限りこの仲のまま過ごしていたい”という気持ちは確かにある。だからこそ、オレは珍しくコイツに柄でもない言葉を発してしまったのだ。

「……祈るならもっと別なことにすればいいだろう」

「そうですか?私にとっては、かなり大切な思いなのですが……」

「別に祈らずともそんなもの既に叶っているようなものだ、と言っている。分からず屋め」

「……!そうですね……、えぇ、確かに!そうですわ!!」

 さすがホメロスですわね、とオレの手を優しく抱きながらは笑った。こうして、彼女の笑顔を見るのは存外、悪くない気分だ。元気づけようとか、この笑顔が好きだというわけではないが、辛気臭い雰囲気を出されるよりはいい。

「気が済んだのなら、手を離せ。長旅でオレは疲れた」

「あ、ごめんなさい。つい」

 ぱ、と彼女が手を離す。それでも未だに彼女の熱は己の手に感染ったままだ。何故かこそばゆい気持ちを抱いたが、別段気にも留めずオレはそのまま寮に向かって歩みを進めた。もそれに倣ってオレの後を追いかける。本当にといるとどうにも調子が狂うし余計な事ばかり考えてしまう。一応部屋は別だし、オレととでは勉強する分野も違う為、毎日一緒に過ごすことはないにしろ不安ばかりが募る。遊びに来たわけではないから、やるべき事はしっかりこなすつもりではいるが変に気が散ってしまわぬだろうか。―――こんな事ならばオレもグレイグと共にソルティコで鍛えるのが正解だったではないかと思うが、王命なのだから逆らうわけにもいかない。そういえば、グレイグは今頃何をしているのだろう。こちらが夕暮れ近くならば、ソルティコはもうすっかり暗くなっている時間だ。暗闇が怖いなどと震えていなければいいが。

「……ふふ、気になりますか?グレイグの事」

 オレに追いついたが問いかける。

「何故」

「何となくです。……なんて、ホメロスの考えている事、分かりやすいんですもの」

 分かりやすいだと?このオレがか。弱みを握られてたまるか、と普段から諸々に気を配って振る舞っているつもりだったが、まさかにそんな事を言われるとは思ってもいなかった。相変わらずは柔らかい表情でこちらを見ているが、何故こうもオレは彼女にいいようにされているのだろう。それについて考えていると段々と腹が立ってきた。

「心外だな、お前如きに勘付かれる程オレは単純ではないと思っているのだが」

 苛々した気持ちを抱えたままぶっきらぼうにそう返したが、は気にも留めず笑顔のまま話を続ける。

「単純とは思っていませんわ。むしろ複雑かと。……でも、根本的なところはとても純粋ですから、ホメロスは」

「それとどう関係がある?オレを分かっているかのように言うな、不愉快だ」

「私は嬉しいですよ、また一つホメロスを知ることが出来て」

 ああ言えばこう言う、とは正にこの事を言うのだろうか。これ以上相手にしてもオレが一方的に何かと言い包められて終わりだと悟ってしまった。あぁ、本当に何故如きにこのホメロスが頭を悩ませているのだろう。もう変に相手にするのはやめよう。とっくに着いていた寮の扉を開けて、オレはを軽く一瞥すると男子寮の階段をあがる。さっさと魔法の勉強にでも徹してしまおうと思ったが、案の定脳内で「分かりやすいんですもの」という言葉が反響して集中できなかった。

恋を恋だと自覚するのが遅そうだなと思ってます、ホメロスは。

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