その後、オレたちはウルフドラゴンに別れを告げ古代図書館に向かった。魔物と心を通じ合わせ共闘したなど、未だに夢なのではないかと感じてはいるがいい加減認めるべきだろう。だが、結果的に助かったとはいえ、もしウルフドラゴンが本当に話の通じない魔物だったらもうオレたちはメタルハンターに出会わず死んでいたかもしれないと思うと、運がよかっただけなのか。まあ、終わったことはどうでもいいのだ。問題なのは――。
「」
「……」
オレが目を覚ましてからというもの、の様子にどこか違和感を感じていた。このように話しかけてもうんともすんとも言わないのだ。呆けているのはいつもの事なのだが、全く反応がないというのは初めてだ。大樹信仰に触れたからだろうか。だが、はあの程度で気を悪くするほど器量が小さい女ではない。寧ろ何を言われても怒らず、変に自己解釈をしてくすくす笑うような奴だ。
仕方がないので暫く無言で歩き、古代図書館の入口付近に着いた時、に声をかけたのだが心ここにあらずといった風で返事の一つもなかった。肩を叩いてやっと反応を示したが、こちらの顔を見てすぐに顔を逸らす始末。さすがに苛立ちを覚える。
「――おい、貴様先ほどからなんだその態度は!」
「……」
「聞いているのか!?」
「……は!すいません、考え事をしていまして」
はそう返すと「古代図書館に内蔵されている本の種類がどれほどか気になった」とか「禁書の中身はどういうものなのか考えていた」とか何とか続けたがやはり何処か怪しい。こいつはそのような事を考える女では――否、考えうるがその程度の考え事で人が話しかけているのを無視するような女ではない。そう思い、オレは藪をつついてみることにした。
「戯け。もっと別のことを考えていただろう」
「……どうしてそう思われたのです?」
――何だか似たようなやり取りを以前もした気がする。確かあの時は……、そうだ。クレイモランに来たばかりの時、城の前でこいつがエターナルストーンに向かって祈りを捧げた直後だった。オレがこの女といて大丈夫なのか、グレイグが暗闇を怖がっていないかなどと考えていた時にが唐突にオレの本心を見抜いたのだ。あの時は何故オレの考えていることがバレたのか、不思議で仕方がなかった。弱みを握られまいと普段から気を付けていたせいで余計にこの女程度に気付かれるとは……と考えたものだが、今は何となく理由がわかる。
(……普段からそいつの事をよく見て理解しているから、なのだろうな)
厳密に言えば、あの時の彼女も、今のオレも別に相手が「こういう事を考えているに違いない」と断定しているわけではない。だが、何となく――何となくだ。長年一緒にいるせいもあって、感覚で相手が何を考えているのか勘づくときがある。
どうして、と問われているのだから何かしら返答をしなければならないが、さて。そのまま思ったことを口に出すのも憚られる。何となくそう思った、と正直に返すのはむずがゆい。何より、あの時腹が立ち「オレを分かっているかのように言うな」と制しているのもあって余計に言いたくなかった。がオレと同じ反応をするとは思えないが、この女に叱られるのは癇に障る。
「……貴様の、」
「はい?」
「きっ、貴様の考えていることなど!このホメロスに見抜けぬわけがなかろう!!」
オレがそう返すと、はきょとんとした顔でこちらを見た。不思議なものを見たかのような目をしていたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべ「そうですか」と呟く。てっきり何か言い返してくると思いきや、意外にも彼女はその答えを受け入れたようだった。
「――ふふ、ホメロスは私のことをそこまで見ていてくださったのですね」
笑みを浮かべたままは続ける。
「そうですね、ホメロスに隠し事なんて通用しない事をすっかり忘れていましたわ。でも、今考えていたことは秘密です!いくらホメロスでも教えられません」
そのまま小さくごめんなさい、と呟くとは一人で古代図書館の扉を開け、中へ入っていく。結局何を考えていたのかまでは分からずじまいで、その上、彼女の中ではオレが彼女のことをよく見ているだの勘違いもいいところではあるが否定する間もなかった。いや、実際には他の女に比べたら関わることが多いので間違いではないが、本当の事だと素直に認めてやるわけにはいかない。
(絶対に認めるものか……、こんな女にこのホメロスが目をかけているなど!!)
舌打ちをしながら、オレも彼女に続いて古代図書館の扉を開ける。すると、古書の独特な匂いと共に数え切れないほどの本がオレの目に映った。デルカダールの図書館にもよく出入りしていて、幼い頃はその所蔵数に驚いたものだがこれはその比ではない。また、古代図書館の内部の構造にも驚きを隠せなかった。
「す、すごいな……。この量、何日あれば読み切れるんだ……」
あたりを見まわしながら、入口付近の本を手に取る。かなり昔に書かれたものなのだろう、表紙の文字は掠れて読めたものではない。しかし、中を開いてみると見たこともない文字で何かしらの魔術の術式を記したページが出てきた。全体の意味はさっぱり理解できないが、何となく解読できる場所のみを解読してみたところ、この魔術は禁術の一種であるらしい。特に興味をそそられる内容ではなかったので、元の位置に戻しておく。すると、ちょうどオレが居る位置の反対側から「ホメロス~……」と弱々しい声が聞こえた。だろう、何か困ったことがあったに違いない。
「今行く」
……と、返事をしたその時だった。くるり、と方向を変えた先にマジカルハットの集団に囲まれた彼女の姿が目に入る。まずい、と判断しすぐさま彼女の元に駆け寄ろうとし、ある違和感に気付く。に対する、マジカルハットの殺気を全く感じないのだ。それどころか、彼女自身と、彼女の持っている回復呪文に関する本に興味を示しているように思えた。ふとあたりを見まわすと、自分たち以外に人間は見当たらないが多くの魔物たちがこちらを全く気にせず己の気になったであろう書物を手に取り眺めている様子が見受けられる。また、上にあがるための階段がなく、どうやって行くのかはわからないが二階ではりゅうはかせの周囲にマジカルハット数匹が並んで何かしらの講義をしているではないか。
「――理解が追い付かん、何なのだこれは」
「あぁっ、ホメロス!気になる本を取って読んでいたら、この子達が急に集まりだしてしまって……」
「……、上を見てみろ」
す、と指をさすと、それに倣ってが指をさした方を向く。それで察しが付いたのか、はその場に腰を下ろし、本を開いて音読し始めた。
「――回復呪文を扱うに大事なことは、信仰心である。生きとし生ける全ては大樹の下に還り、また大樹の葉となって生まれ変わる。故に、回復呪文といった生命に関わる者はその信仰深さが……」
すると、マジカルハット達は彼女を囲むように集まり、大人しく彼女の話を聞く姿勢をとった。にわかには信じ難いが、この古代図書館に棲みついている魔物達は本を読み知識を得ようとしているらしい。字が読めるのか定かではないが、欲望のままに生きていると思っていた魔物が、こうも立て続けに人間と似たような行動をしている様子を見ると何が本当のことなのか分からなくなってくる。今までオレが教えられてきた事全てが嘘のように感じるくらいだ。
の事はとりあえず放っておくとして、オレは明らかに階層があるものの上に行く手段がないという謎を突き止めようと散策し始める。しかし、どこをどう探って階段らしいものはなく、行き詰ってしまった。隠し扉があるのではないかと本棚伝いに手探りをしていたところ、オレの足元で何やら声がする。
「あのぉ……」
下を向くと、スライムがびくびくしながらオレに話しかけていた。もうここまで来るとスライムが人間の言葉を話せようが驚きもしない。なんだ、と返すとスライムはぱぁっと嬉しそう……に見えた、実際にはあまり変化がない表情をしつつ「そこにあるスイッチに手をかざしてみて!」と言う。その通りにしてみると、オーブのような何かが光出した。
「この塔には、これと似たようなスイッチがいくつかあるんだ。同じように手をかざすと、壁や階段が動いて上に行けるようになるよ。まずは一階のスイッチを探してみなよ」
「……なるほど、面白い造りをしているんだな。助かった」
「礼には及ばないよ、ここに人間が来るのはとても珍しいんだ。だから、みんなも君たちに興味津々なんだよ。ここに棲むみんなは悪い魔物じゃないから、安心してね。たまに君たちを襲う子もいるけれど……基本的にはみんな優しいから」
スライムの言葉で、納得がいった。マジカルハットがを襲わなかったことも、人間のように一生懸命に本を読み漁っていることも。世の中には変な魔物もいるものだ、と思いつつスライムが言っていたスイッチを探す。ぐるりと一周したところ、少し奥まった場所にそのスイッチが設置されており、早速手をかざした。すると、不思議な音をたててスイッチが光ったかと思えば高速で本棚がぐるぐると回転し始めたではないか。マジカルハットに読み聞かせをしていたも驚いたようで、その様子をじっと見ていた。
回転が治まると、先ほどはなかった階段が現れ上に行けるようになっていることに気付く。
「――このような仕掛け、人間が造れるものだろうか。まあいい、兎に角来たからには何かを得て帰らなければ」
壁が動き、通れるようになった本棚の間を抜けると階段があった。踊り場も全て本で埋め尽くされており、この様子じゃ一生かけても読破することは叶わないだろうな、なんてことを考えながら階段を登る。すると、少し遅れてが「待って~」と追いかけてきた。読み聞かせはもういいのか、と問うと彼女は「途中から飽きてしまったようで……」と眉を下げながら言う。マジカルハットの気持ちは知りえないが、が言うには「絵本の読み聞かせを期待していたのだと思います」とのことだった。
「フン、所詮は魔物か」
「まだ子供なのでしょう。ほら、ホメロスも昔仰っていたでしょう?グレイグに歴史の本を読んであげようとしたら……」
「――あぁ、そんなこともあったな」
そんな他愛ない話をしていると、次の階についた。隣を歩いていたがふと手に取った本を覗き見ると『封印された竜』と記してある。
「ほう、興味深いな」
内容はこうだ。
――はるか昔、北の凍てつく大地に黒い巨竜が存在した。この竜にクレイモラン王国は追い詰められた。だがそこへひとりの若者が現れ巨竜を倒し、二度と復活できぬようシスケビア雪原の湖に封印した。その若者がいなくなった時代に魔竜が復活すればクレイモラン王国はふたたび恐怖に支配されるだろう。
憶測だが、この若者とは伝説の勇者ローシュの事だろう。そもそも一般人に魔竜など倒せるわけがない。それに、以前に無理やり押し付けられた、大して興味もないローシュ戦記にも似たような事が書いてあったはずだ。結論がそこに辿り着いたせいでその本に向けた関心が消え失せた。
「ローシュ戦記の内容などどうでもいい、別な本を探すぞ」
その後も二階、三階と何かしら為になりそうな本を探してはみたが、魔力で封じられていて読めなかったり、伝説の勇者の栄光を讃えるものだったり、果てには恐らく最古のムフフな内容であろう本しか見つけられなかった。ムフフ本を見つけてしまった時は、不思議がるをどう誤魔化すか必死だった。オレは全く興味が向かないがグレイグがいたら話は変わったのだろう。
そうして目ぼしい本を見つける前に、ついに最上階へと来てしまった。古代図書館と呼ばれるくらいなのだからその蔵書の内容には随分期待したが、何だか拍子抜けだ。諦めて帰ろうとしたその時、が橋の方へ駆けていった。それを追いかけると、なんと最上階にも関わらず壁や階段を移動させるスイッチが置かれていたのだ。
「最上階に来たというのに、何故ここにスイッチが……?」
「まだ行っていない場所があるのでしょうか?とりあえず押してみますね」
「あっ、おい待て!罠かもしれな――」
オレの制止もむなしく、彼女はそのままスイッチに手をかざしてしまった。スイッチが光った後に、先ほどと同じようにゴゴゴ……と音を立てながら三階の壁が回る。その様子を見る限りは罠ではないと思うが油断は禁物だ。壁の動きが治まり、下を見ると大して変わったところはないように思える。ならば何故スイッチがあったのだ?と不思議に思いながら階段を下った瞬間、オレは度肝を抜かれた。なんと、先ほどまで何もなかった塔の中心に部屋のようなものが現れていたのだ。翌々見ると、部屋の内部には暖炉があり、煌々と燃えている。魔物以外は何もいないはずのこの図書館で誰が焚いたのだろう。やはりこれも魔法の一種なのだろうか。
どうやらその部屋に入るためには遠回りをしなくてはならないらしく、面倒だと思いつつも一度二階に降りて再度三階へ向かう。塔に向かって架かる橋を渡り、部屋の中に入ると仄かに暖かい。
「まさかこの中にまで本があるとはな……」
「ここにある本は一段と古いみたいですね。……見てください、表紙も中身も掠れてほとんど読めませんわ」
が持っていた本を貸してもらい、ぺらぺらと数頁捲った。彼女が言うように、読めたものではない。だがこうして部屋に足を入れるまで相当苦労しているのだ。読めないからといって「はいそうですか」と帰れるわけがない。半ば自棄になって何冊か適当に取って設置してあった書斎机に置いていく。数十冊重ねたところで椅子に座り一冊手に取る。案の定ほとんど掠れていて読めず、あたふたしているに手渡し「戻してこい」と伝えた。そこからはその繰り返しだ。一冊手に取って頁を捲っては読めず、に戻してきてもらう。一時間ほど繰り返したところで、オレはふと自分の左側にある本棚を見た。
(――して。ここ……く……)
「ん?」
一瞬、人の声が聞こえたような、妙な感覚に囚われる。が独り言を発したのかと思ったが、オレが出してきた本を一生懸命片付けている最中で、独り言を呟く暇はなさそうだった。
(やはり気のせいか。まあここに来るまで色々あったから、疲れているのだろうな)
「ここ……わた……」
「――やはり誰かいるな!!?」
そう叫ぶと、が「ひゃあ!」と間抜けな声を上げてこちらを見た。驚くに向かって、オレは唇に人差し指を当てて静かにしろとジェスチャーを送る。は直ぐにはっとして両手を口に当てて声を出すまいと必死に対応した。その様子がかなり滑稽で思わず吹き出しそうになったが、そんな事に意識を向けている場合ではない。
何度確認しても、ぱちぱちと暖炉の火が音を立てている以外に、この部屋からオレたち以外に音を立てそうな者は見当たらなかった。けれど、何か異様な雰囲気が漂っているのも事実だ。に動くなよ、と指示を出してからオレは声がした方の本棚へ近づいた。すると、ある一冊の本がオレの足元にどさり、と落ちたのだ。思わず肩を震わせたが、の前で無様な姿は見せられない。内心動悸が止まらなかったが、平気な振りをしてその本を手に取った。
「これは――」
オレが本のタイトルを読み上げようとしたその時だった。
(だして……!)
「なぁっ――!!?」
「ほ、本から声が――!」
オレとはお互いに信じられない、という顔をして本へ目を向ける。本のタイトルは『魔女の禁書』。そのタイトルを見て、が「あ……」と零した。
「どうした」
「いえ、以前クレイモランに伝わる魔女の話を聞いて……」
彼女によると、とある北の国で生まれた魔女がいたらしい。どうも、自分の美しさを称賛する者だけを好み、自分より美しいものは蔑む傲慢で冷徹な、醜い心の持ち主であったという。そんな魔女は、老いて醜くなることを恐れ、禁じられた魔法に手を染めた。身体中の血液を氷河の氷水と入れ替え、永遠の美しさを手に入れたのだ。だが対価として、魔女の肌は氷のように真っ青な色に、吐息は万物を凍らせる呪いとなってしまったらしい。これまで数多の男をその美しさで惑わせ、氷漬けにしてきた魔女は、神話の時代に高名な魔法使いに禁書に封印されたという。その本は今でも古代図書館の奥深くに眠っている――というものだ。この話が本当だとすれば、先程から聞こえる謎の声は本に封印された魔女のもので間違いない。確証はないが、その言い伝えと『魔女の禁書』には繋がりがあると考え、オレはその本を元あった場所に戻した。すると、魔女と思わしき声の主は慌てた様子で語り掛けてきたのだ。
(ま、待ちなさい!出してくれたら、何だって言うことを聞いてあげるわ!)
「ふん、馬鹿を言うな。別段貴様にしてほしいことなどない。精々誰かが貴様の封印を解きに来るまで禁書の中で眠っていろ!」
魔女にそう返事をし、オレはもうこの場所にいる理由もないので、に声をかけて二人でこの場を去った。それでもなお魔女は何かしら叫んでいたようだが、生憎相手をするほど時間を持て余しているわけでもない。そろそろ日も昇る頃だろう。夜中にこっそり寮を抜けたと寮長にバレると面倒くさい。オレ自身は大した収穫が得られなかったが、が少しでも成長するきっかけとなったのなら、それでいい。また彼女の付き添いで死にかけるのは御免だからな。全く、傍迷惑な女だ。何か一つ文句でも言ってやろうかと思いの方を向くと、当の本人は魔女の事で悩んでいるのか少し暗い顔をしていた。
「本当にお人好しだなお前は。全く、人に悪さを働いて封印されるなど当然のこと。気に病む必要がどこにある?」
「うぅん……。でも、もしかすると魔女のせいだけではないかもしれないじゃないですか。環境とか、何か魔女自身がそうなってしまった原因が他にあったかもしれないと思うと、どうにもすっきりしなくて」
「考えすぎだ、悪さをして封印されたことが全てを物語っている。くだらん」
そうでしょうか、とはまだ納得がいっていないようだ。オレからすれば本当にくだらないと思う。そこまで知りもしない他人に、よくもまあ気に病んでしまう程情をかけられるものだ。とはいえ、そういうお人好しなところが彼女の良さであり、優しさの象徴であるのだと最近思うようになった。オレには到底理解できない事だが、それゆえにオレが惹かれる所も彼女のそういった部分なのだ。もう少し自分自身も大事にするべきではと思うが、何度言ってもどうせ直ることではない。そういう性質なのだと諦め、彼女が目をかけられない部分はオレが補えばいい――なんてオレらしくもない。
「ほら、帰るぞ」
「……そうですね。ホメロスはもう大丈夫ですか?もし何か読みたいものがあれば一緒に探しますけど」
「そんな時間もない。元々の目的は既に達成しているし、また今度来た時に散策すればいい話だ」
「そうですか。――改めて、本当にありがとうホメロス。助かりました」
にこり、とが微笑む。一瞬、胸が高鳴った気がして焦ったがどうにか平常心を装って、別に大したことではない、と素っ気ない返事をした。彼女の何気ない微笑みにすらオレはこうも情けない気持ちを抱いてしまうのか。恋とは恐ろしいものだ。自覚する間もなく落ちていて、気づいたらもう後には戻れぬほどにオレは彼女を欲している。この気持ちに枷を嵌める事が出来るならば今すぐにでもしてもらいたい気分だ。彼女の気持ちが他の男に向くかもしれないと考えるだけでどうにかなってしまいそうだから。この微笑みも全てオレのものにしてしまいたい。周囲に誰もいない事に、オレは途轍もなく安堵していた。本当にらしくない。こんな女に心を奪われるなど。もう既に、あの時オレがこいつを気にかけた時点で既に負けているなど、絶対に認めるものか。あぁ、なんだか無性に腹が立ってきた。
――どうにかして気分を切り替えようと、オレは上を向いた。大きさの違う雪の粒が、ただただ静かに振り続けている。その様子を見ていたら、幾分か落ち着きを取り戻すことができた。そういえば、ふと思い出したのだが、古代図書館に入る前に彼女が上の空だった原因は何だったのだろう。不意を打てば教えてくれるだろうと踏んで、オレはに偶然を装って問いただしてみた。
「そういや、よ。結局秘密とは何だったのだ」
「そ、それは――!ええと、そうですね……」
だ、ダメです教えられません!と彼女にしては珍しく言い切ったが、その表情がどこか赤く見えたのは気のせいだろうか。そろそろ日の出の時間でもあるし、そうなのだろうと己に言い聞かせオレたちはクレイモラン王国へと帰還した。
勿論、抜け出した事は既に寮長の耳に入っており、と二人で寮の掃除をさせられた事は言うまでもない。
第一章⑥
長い留学時代の話も一旦終わり。細かいところは短編で書きたいですね。そろそろデルカダール城に帰ろう。