季節に例えるなら

 春ですねぇ、と隣に座る彼女が呟いた。先程まで、あろうことかこのオレの肩を借りて呑気にうたた寝をしていたはずなのに、いつの間に起きたのか。目を覚ましてもなお、オレに身体を預け動こうとはしなかった。嫌なら振り払えばいいだけなのだが、不思議と彼女に対してはそういった気にならない。オレもオレで、彼女の腰に手をまわす始末だ。単に手を置く場所にちょうどいいから置いているだけではあるが。
 そうだな、と彼女の呟きに短く返す。すると続けて彼女は目の前にあるチューリップの花畑を見つめたまま続けた。

「春。……穏やかで暖かくて、冬には寝ていた生き物たちが起きだす季節。ふふ、私は春が一番好きです」

 そう言って、身体を起こした彼女はベンチから立ち上がり、チューリップ畑の方に歩みを進めた。花の香りを運ぶ春風にふわりと揺れる彼女の白髪は、彼女が穏やかだといったこの春にこそ相応しい、と我ながららしくもないことを思いながら彼女の元へと歩み寄る。身をかがめてチューリップを見つめる彼女に倣って花畑を見てはいるものの、これの何が楽しいのかオレにはさっぱりわからない。対する彼女は微笑みを浮かべながらぶつぶつ独り言を呟いている。花を見るよりも、オレは彼女の姿を眺めている方がまだ幾分か楽しさを感じられる。その微笑みだって、オレに向ければいいものを―――なんて本当にらしくないな、オレは一体どうしてしまったのだろう。この春の陽のせいで少々バカにでもなったのかもしれない。迷惑な話だ。



 このオレをほったらかして、未だにチューリップを眺める彼女に声をかけた。彼女はすくりと立ち上がり、オレの顔を見つめる。

「はい、ホメロス。どうかした?」

「どうもこうもあるか、お前が外に出たいというからついてきてやったのにいつまでオレを拘束するつもりだ?」

「―――ホメロスが満足するまで」

 ニコニコと笑みを浮かべて彼女は言う。オレが満足するまでだと?それは一体、何を考えてのことだ。せっかくの非番、読書でもして優雅にティータイムでも過ごそうと模索していたというのに。わざわざ外に連れ出されたこちらの身にもなってみろ、と思った。

「何が満足だ、部屋で一人本を読んでいた方がよっぽど満足できる」

「あら、でも部屋で本を読むホメロスの顔、いつも眉間に皺寄せていたから。思いつめた事でもあるのかしらと思っていたのだけれど……」

 うぅん、と首を傾げ、不思議そうな顔で彼女が見つめる。

「いつも……って、お前が見ているのは職務中のことではないのか?」

 非番の日は大抵、メイドも部屋に入れず一人で過ごすのが最近の流行りだった。誰にも干渉されずに過ごしたい日だってある。もちろん、それが幼馴染であるグレイグや彼女―――だったとしても。一人になることで見えてくることだってあるのだ。ただでさえグレイグとには普段からあれやこれやと手を焼いているのだから、非番の日くらいはゆっくりと過ごしたい……と思っていたにも関わらずこの結果。なんとも嘆かわしい。断ろうと思ったが、一人で外に出られて怪我でもされたら、と考えると気が気でなく逆に心休まらぬと思ったのは事実だが。

「……そう、でしたわね。確かに職務中だったかもしれません!」

 元気よく彼女は返事をしたが、オレの口から洩れるのはため息だった。

「はぁ……、職務中に笑顔で働くのは貴様らメイドだけで充分だ。騎士がそのように腑抜けた態度で仕事をしてみろ、上に何を言われるかわからん」

 考えて見ろ、騎士が笑顔であれこれと仕事をしている様子を、と溢すとは口元を抑えてくつくつと笑う。

「ふっ……ふふ……!でもホメロス、兵士さまたちは皆兜を被っているから、笑ったところで何もわからないわ。もしかしたら、兜の下では笑っているかもしれないと思うと……ちょっと微笑ましくありませんか?」

「―――戯け、不気味に決まってるだろう?あぁもう、お前と話していると調子が狂う。この春のようにのん気なやつだ」

「春のようですか?……ふふ、何だか嬉しいです、ありがとうホメロス」

 決して褒めたつもりではなかったが、好きだといった春に例えられたのがよほど嬉しかったのだろう。彼女は溢れんばかりの笑みをこちらに向けて礼を言った。先程も笑顔でいた彼女だったが、今オレに見せた笑顔が一番輝いていたように思う。そうだ、それでいい。お前が向ける笑顔の先にはチューリップなんかよりもオレの方が似つかわしいのだから。そのように思うオレも随分とのん気で阿呆になったものだ。
 ―――やはり春はお前にお似合いだろう。このオレに、柄にもないことを考えさせるほど調子が狂うのだから。

ホメロスは多分冬だと思います。

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