糖分不足の禁断症状

 ハァ、と心底呆れた、と言わんばかりのため息をつく。確かに甘い菓子は好物ではあるが、こうも部屋を埋め尽くされては気が滅入る。全く、バレンタインなどといったイベントに浮かれる者共の気が知れない。とはいえ、オレ自身も全く浮かれていないかと聞かれればそうでもなかった。部屋中にある大小様々な贈り物には全く興味を示せないが、そんなオレでも唯一惹かれる者は存在する。さて、今年は何を持ってくるのやら。そしてこの部屋の状態をみてどう思うのやら―――。それを考えるだけで気持ちが上がる。

「ホメロス」

「……か?入れ、少々散らかってはいるが」

 失礼します、と控えめに扉を開けた彼女―――は、部屋の中を見て唖然とする。目を白黒させ、オレの顔と贈り物の山を交互に見ると「まあ、これは……」と声を漏らす。さあ、どうする?この貢物に満たされた部屋を見て彼女はどう反応するのか。さしもの彼女も、今回ばかりは嫉妬を顕にするかと思いきや、出た言葉は普段のようにこちらの意をつくものだった。

「凄いわね!!これは全てホメロスへの贈り物かしら?ふふ、普段貴方がどれだけ他の人に尊敬されているのか、見て取れるわ」

「―――貴様、なんとも思わんのか」

「え?……なぜ」

 なぜ?―――なぜ、と言ったのかこの馬鹿は。よもや自分の立場を忘れたのではあるまいな。ふざけるなよ。

 決して口には出さず、目を細めて睨みつけても、彼女は首を傾げるばかりで特に変わった反応は見せなかった。この女、オレがここまで執着しているというのにどうにも他の女と違って、全くと言っていい程に様子を変えることがない。つくづく気に食わん女だ、と思うのと同時にだからこそオレはこいつに惹かれたのだとも分かっている。オレの肩書きや容姿を目当てに寄ってくる者は数え切れぬ程いた。うまく隠したつもりでも、そのような者は大抵目を見ればすぐに分かるし、そういう者しか寄ってこなければ必然的に雰囲気だけで見抜けるようになるというもの。
 ―――だが、彼女は違う。だけは、確固たる己の信念のもと、このホメロスの傍に立ち、支え、自己犠牲かと疑うほどに愛を向けてくれるのだ。だから時折こうして、その愛がどこまで耐えられるのかと試しても、大抵の事はうまく躱され、結果泣きを見るのはいつもオレの方だった。しかし、オレはそれが気に食わない。このホメロスともあろう男が、目の前の女の手綱を握りきれていない事実に腹が立つ。

「今日の日付を答えてみろ」

 未だに頭を悩ます彼女にそう振ると、笑顔で「二月十四日ですわ」と考えなしに答えるものだから、そろそろオレも我慢の限界がきた。回りくどい事はやめだ。しかたない、この馬鹿に今日という日が恋人たちにとってどんな日であるかを深く刻み込んでやろう。そう思い、彼女の腰を引いてそのまま口づけを交した。短く何度も角度を変えながら、彼女の唇を弄んでやると次第に彼女の瞳は虚ろになっていく。

「―――ん、ホメロス!?ちょっと……ま、待って」

「待たない。貴様、今日はバレンタインだぞ。今日という日にこの部屋の状態をみて何の気も抱かぬとはどういう事だ」

「だ、だって……!それは……、その、ぅ」

 言い訳は不要。何か言いたげなその生意気な口を噤むために、先ほどよりももっと長く、深く、今度は口内も侵してやると流石に抵抗する気もなくなったのか、彼女はオレに身を委ねた。

「数を貰っても、オレにとっては全てどうでもいい。こんな物では満たされぬ。分かるか?なぁよ、オレは今、心底不愉快だ。この気分をどうしてくれよう」

 お前のせいだぞ、という勢いで、そのまま彼女を私室のベッドに押し倒す。全く、このオレを振り回すとは随分と味な真似をするではないか。この際、甘い菓子なんて二の次だ。チョコレートなどでは及ばない程の、極上の菓子が目前にあるのだから。食さないという選択肢などある訳がない。誰も入って来れぬように、静かに私室の鍵を閉める。―――さぁ、存分に味わわせてもらおうか。唯一無二の、極上のスイーツを。

タイトルを考えるのが苦手だったりするんですが、これはうまくいったと自負しています。

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