愛の呼び声

 分かっていた。此の声が、もう二度と届かない事なんて。それでも諦めきれなかったのは、私の中でずっと彼のことが引っ掛かっていたからだ。聡明で気高い彼。悲しみも寂しさも虚しさも、誰に言うこともなく、全て一人で抱えてこの先を生きていくのだろうと、そんなの分かりきっていたことじゃないか。
 彼の纏う白銀の鎧の如く、危うい程に純粋で美しい彼の心が、今まさに、光の届かぬ闇へと堕ちていこうとしている。

「やはり、このオレを必要としてくれる者など誰一人としていないのだ」
『違うわ、ここに居る―――!』

 そう伝えたところで、一体何になるというのだろう。彼には聞こえやしないのに。無駄なことだと、頭では理解していても心が理解することを拒んだ。
 彼が嘆く後ろで、我が王に化けた魔王が嘲笑っている。私から見るその顔は邪悪に満ち満ちており、凍てつくような寒さを感じさせるものだった。しかし、きっと彼にとってはそれが何よりも美しく見えるのだろう。母に縋る赤子の如く、魔王の放つ闇へと少しずつ少しずつ、だが確実に歩み寄って行くその後ろ姿を私はただ眺める事しかできなかった。

「あぁ、ウルノーガさま。貴方の闇は美しい……」
『ホメロス、いけないわ。近づいては駄目!』

「―――ホメロス。お前の望む物を与えよう」

 ……ありがたき幸せ。静かに、だがしっかりとそう答えた彼を黒い闇が包む。阻止しようと手を伸ばしても、闇の力に阻まれて触れることすら叶わない。その様子がよほど滑稽だったのか、魔王は厭らしい笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「哀れな女よ……。命を奪われ、更には己の愛までもを失おうとしている」

『―――黙りなさい、悪の化身よ。私は諦めません、必ずや貴方から彼を取り戻してみせるわ』

「威勢のいい娘よの、嫌いじゃないぞ」

 そう言って魔王がパチリ、と指を鳴らすと、彼を包み込んでいた黒い闇が彼方へと消え去った。残された彼に外見の変化は見られなかったが、私には分かる。生前、私が何度も恋をした彼の金色の瞳が、闇を含む赤に染まっていたことに。

「どうだホメロス」

「―――素晴らしい。あぁ、これが闇の力……この力さえあれば、我が宿願も果たされよう。感謝いたします」

 ―――あぁ、ホメロス。私の愛よ、どうか気づいて。私はここに居る。貴方に気づいてもらえるまで、ずっと傍にいるわ。だからどうか忘れないで。私のことを、私が貴方を愛していたことを。それが、魔王へ対抗する、私の力となるのだから。

闇落ちしたばかりの頃ってどんな感じだったんだろう……と今でも考えてはいい答えが見つかりません。

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