ありのままで牙を向け

 鉄格子が割れんばかりの音を放つ。思わず、中にいた女は顔を顰めた。目前には、重厚感漂う重苦しい中華服を身に纏った男がいる。先ほどの音は、この男が鉄格子を蹴った音だ。普段、自身のことを甲斐甲斐しく世話をする医者とは別人であると、ひと目でわかる。
「被験体、ナンバー1104は貴様か?」
 男は、鉄格子に足をかけながら問う。女は未だに口を噤んでいる。
「答えろ」
「そんな名前じゃない」
 女はそう言って男を睨む。男はそれを聞くと、眉間に皺を寄せた。明らかに不機嫌だとわかる。男は深いため息を吐いて、手に持っていたキセルで女を指す。女は更にそれを睨みつけ、静かに舌打ちをする。
「立場が分かっていないようだな。鬼龍のやつはいったいどんな教育をしていたんだ」
「アンタこそどんな教育されて育ってきたの」
 刹那、破裂音。その音だけが女の耳を支配する。撃たれたのだと気づいたのは、頬から血が流れていたのを確認してからだった。今まで険しい顔をしていた女の表情が驚きの色に染まる。男はそれを見て、瞳に影を落としながら告げた。
「早くしろ」
 観念したのか、女は小さく舌打ちをしながら、口にする。
「ナンバー1104──、
「ほう。被験体にしては立派な名だな」
「次はアンタの番じゃないの」
 既に表情から驚きの色を消した女、もといは、男に言い放つ。被験体ながら、その瞳は確固たる意志を宿し、エメラルドを嵌めたかのように鮮やかだった。男はく、と喉を鳴らし告げる。
「敬人──貴様を買いに来た。ナンバー1104。俺は貴様を高く評価している」
 敬人、といった男はを見て口角をあげた。否、ではない。の"心臓"を見ていた。
「気性が荒すぎて誰も手名付けられなかった獣。家の名を上げるために細工を施されたと聞いているが」
 敬人はまじまじとの胸部を見る。恥じらいも照れる事もなく、はその様子を鼻で笑い飛ばし退屈そうにそっぽを向いた。にとっては、誰にも触れられたくない話題だ。自身を甲斐甲斐しく世話をしていた医者にさえも、決して話していない。敬人もそれを知ってはいるようで、それ以上深くは追究せずに口を噤んだ。
「ふーん。アンタみたいな生真面目そ~な男が私を飼い慣らせる?その首、取って食べちゃうかもね」
 にやにやと、悪戯な笑みを浮かべは言う。鉄格子を挟んではいるが、はあ、と大きく口を開け、敬人を威嚇しているかのような行動をとった。
「私の"発作"はいつ起こるか分からないし、私にも止めようがないけど?」
 敬人は知っている。この、目の前にいるという女が裏社会においても、超がつく程の危険人物だということを。敬人が思いつく限りでも、ひとつの組織を破壊した程度であればまだ可愛い方で、の力だけである街が壊滅状態に陥った事もあった。の言う発作の事は、敬人もよくわかっていない。けれど、敬人には自信があった。元々、敬人の周囲には問題児が多い。ここの研究所の医者である鬼龍含め、部下や同業者、それぞれに敬人の頭を悩ませる人間が数多くいる。ひとり増えたところで、何の問題もない。――胃痛は、増えるかもしれないが。
「ははっ!じゃじゃ馬一匹増えたところで気にしない」
「私に裏社会のルールなんて通用しないよ」
 敬人は、その言葉を聞いてにい、と口角をあげて言った。
「規則なんてものはな、壊すためにあるものだ」

チャイナタウンパロ。アングラの敬人くんってかっこいいですよね。

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