太陽と月は交われない

 四限目の終わりを告げる、チャイムが鳴る。それと共に、敬人は一目散に生徒会室へと向かった。今週中に片付けねばならない書類が、まだ山のように残っているからだ。今日は水曜日。週半ばだというのに、書類の山はまだまだ片付きそうにない。敬人は深くため息をつく。これは多少持ち帰ってでもやらねば。なんて、高校生にしては随分と社畜じみた思いを抱いて生徒会室の扉を開ける。
「――相変わらず、すごい書類の量だな」
 眉間にしわを寄せ、敬人は普段通り、扉からみて右手側にある自分の席へと座った。二限目の休憩時間で裁けなかった書類を、敬人はぺらりと一枚取る。昔に比べて、最近は随分とユニット活動が盛んになってきた。これも全てTrickstarの革命のおかげだろう。当時は辛酸を舐めさせられ、かなり屈辱ではあったが、これこそ敬人が求めていた革命の星だった。敬人はずっと、彼らのような、常識に捉われない綺羅星を待っていたのだ。どんなアイドルでも、輝ける世界を。誰もが主人公になれる、そんな世界を作るために。そして、敬人自身、その主人公の一人になるために。だから、このような書類仕事も苦ではない。……ないのだが、やはり疲労は溜まる。
 敬人はある程度書類を裁いた後、静かに席を立った。購買でパンを買いに行こうと思ったのだ。刹那、勢いよく生徒会室の扉が開いた。
「敬人~~~!一緒にお弁当食べよう!」
 これでもかという程に生徒会室に響くその声は、幼少期の頃からずっと聞いているそれだ。声の主、幼馴染であるは、陽を浴びて輝く向日葵のような笑顔を咲かせ敬人を見る。敬人は驚いてずれた眼鏡の位置を直しながら、が持っていた弁当箱をひとつ受け取った。
「ほう、貴様にしては気が利くな」
「も~、そこは素直に"ありがとう"でしょ!?」
 ぷすぷすと頬を膨らます幼馴染を見て、思わず笑みが零れる。笑ったり怒ったり忙しない奴だ、と敬人は思いながら弁当箱を開ける。小さなハンバーグや、スパゲティ、ほうれん草の胡麻和えにタコ型のウインナー。特に目を惹いたのは、綺麗に巻かれたたまご焼きだ。なにやら目を輝かせているをよそに、敬人は無言でたまご焼きを口に入れる。ふわふわとした口当たりで、ほんのり甘い。
「美味いな」
 そう、自然と感想が出ていた。
「でしょ!?」
「うむ。叔母さんが作ったんだろう?」
 敬人が問えば、はにんまりと口角を上げる。いたずらっ子のようなその笑みは、何か企んでいる時の顔だ。けれどすぐ様、パッとにこやかな表情に作り変え、は言う。
「ふふーん、残念!私が作ったんだよ!」
 訂正はなしね!とは腰に手を当て、胸を張る。
「ほう。ようやく女らしくあろうと思ったか」
 なんて軽口を叩けば、何よそれ、とお決まりのセリフで返してくる。あはは、と大口を開けて笑うを見て、ふと敬人は思った。こうして互いに男女を意識せず、笑いあえる日は恐らくもう長くは続かないのだろうと。物心つく前からほとんどを一緒に過ごし、何もかもを共有してきた敬人とだが、気づけば高校三年生になっていた。そのうち互いに、生きていくのに相応しい相手を選んで、道を違える。
 例えばそう、がこの先弁当を持ってくる相手は、敬人ではなくなったり、だとか。寂しくはない。悲しくも、ないはずだ。けれど、この胸に残る靄は何なのだろう。
「――早くこのまま、俺の手から離れてくれればいいんだが」
 靄の正体が、分からぬ前に。幼馴染という尊い関係が、一生このまま変わらず、過去の思い出として風化してくれるように。
「も~~!そうやってすぐ厄介者扱いするんだから!!幼馴染なんだから離れるわけないでしょ~?」
 敬人の思いなど露知らず、はそう言ってまた口を尖らす。らしい返事に、敬人は思わず笑みが零れた。きっとこんな思いを抱えているのは自分だけなのだ。純粋無垢で、気のままに生きるは、これから先もずっと一緒に居るのだと思い込んでいる。そんな夢物語のように、現実はまわっていないというのに。
 けれど、今だけは。こうして彼女のたくさんの表情を独り占め出来るならば、それでいい。敬人は薄っすらと憂いを帯びた笑みを浮かべ、視線を落とす。

 だから、気づかない。も全く、同じような表情を浮かべていた事に。

こういった日常の一コマみたいなのが好きです。

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