人の気も知らないで

「ねぇ、敬人。敬人はさぁ、何処が好きになったわけ?」

 風通しの良い、春の昼下がり。心地よい春風が庭の桜の木を揺らして香りと共に和室を過ぎ去っていく。人目も憚らず寝そべりながらそう言ったのは幼馴染兼恋人のだった。突拍子のないその質問に思わず「は?」と聞き返すと、ゆっくりとした動作で彼女は起き上がりながらもう一度同じことを呟く。

「だぁから、何処が好きなのかなって」

「主語が足りない」

「も~、鈍いなぁ。私以外に誰がいるの?」

 にんまりと何か企んでいるかのような笑みを浮かべて彼女はこちらを見た。俺が素直にその類の言葉を口にしないことを彼女は知っているはずなのに、時たまこうして意地の悪い質問をしてくるのが厄介だ。長年の付き合いである彼女に、好きだとか愛しているだとか何処が好きだとかこそばゆい台詞なんて吐けるはずもない。それに、何処が好きかと聞かれても、気づいたら恋をしていたのだから答えようもないのだ。投げかけられた質問にどう答えようか考えても、にやにや笑いながらずっとこちらを見ている彼女の視線が邪魔をして何も思い浮かばなかった。

「……おい、その笑い方をやめろ」

「いやぁ~こんな質問でそのくらい赤くなっちゃう敬人が可愛いな~って思って」

 若干心拍数が上がったことは自覚していたが、まさか見てわかる程だとは思っていなかった。そういえばやたら顔が熱い。うるさい、と口を開こうとしたその時だった。ちゃぶ台越しに座っていた彼女がちゃぶ台に手をつき、身を乗り出したかと思うと、一瞬目の前が何も見えなくなったのは。唇にふに、と柔らかい感触だけが俺の思考を支配した。何をされたか、だなんて考える間もない。頭の上から降ってくる満足そうな「ごちそうさま」という彼女の声に、俺は情けなくもただ茫然とすることしか出来なかった。

キスの後の「ごちそうさま」ってなかなかくるものがあると思っています。

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