秘密基地 ※グレホメ

 ―――なぁグレイグ、今日からここが僕とお前の秘密基地だ!

 なんて、遠い記憶に思いを馳せながら私は全く人気のない、かつての故郷を見渡した。目に映るは瓦礫の山。美しく壮大で、かつては大陸一の強国と言われていた我が故郷デルカダールは過去の栄光となっていた。私が壊してやったのだ。民も、城も、思い出も、全て要らぬものだと、破壊衝動に身を任せて、この魔軍司令ホメロスが魔物と共に。

「強国デルカダールといえども、こんなものか。随分と容易く朽ち果てたな」

 誰に言うでもなく放たれたその言葉は、風と共に消える。私の声に答えるものは誰一人としていなかった。そうだろう、何故なら私が従えているのは魔物であり、ヒトの言葉を理解できるものはそういないのだ。少なくとも、今、私の周りにはいない。だからだろうか、あれ程までに妬み、気を狂わせたかつての幼馴染であり友だったグレイグとの昔話をふと口にしてしまった。

「……あの頃は随分と悪さばかりをしていたな。この秘密基地だってそうだ。誰にも見つからないように、厨房にあったケーキを二つ盗んでこっそりここで食べたり、王の部屋に忍び込むための作戦会議をした」

 あの頃に比べて随分大きくなった身体を屈め、かつて”秘密基地だった”場所へと入る。中は変わらず思い出通りのままだった。城下町のある一角、子供でなければ絶対に見つけることが敵わない、私と我が友グレイグが共有していた秘密基地。こっそり持ち込んだ椅子や机、シーツもある。私は椅子に腰を掛けて小さくため息をついた。ここに居れば嫌でもかつての忌々しい記憶しか蘇ってこないはずなのに、どうしてか離れがたい感情を私は抱いている。もう戻ることすら叶わない、”オレ”と我が友グレイグの懐かしく輝かしい、光に満ち満ちていた幼少期。
 そんな事をしてもどだい意味などあるはずがない。私は捨てたのだ。尊いはずの友愛も、光り輝く思い出も、二人で王国一の騎士になる夢も―――それを誓った我が友も。捨てた。この闇のチカラの前では今挙げたものなど何の役にも立ちはしない。

「ならば、この場所も不要だ。そうでなくてはならない、なぁグレイグ。我が友よ、お前との輝かしい思い出など全て不要だ。私にはこの闇のチカラがあればそれでいい」

 そう言って、私はさっさと椅子から立ち上がり、秘密基地を出た。そのまま脇目を振らずに、かつての友との思い出の場所を闇のチカラで吹き飛ばす。強大な闇のチカラに、思い出だったその場所は跡形もなく消え去っていた。

「は、呆気ないものだな……。所詮はこの程度なのだ」

 私はその秘密基地から離れ、城内へと足を進める。城の中も随分と変わり果て、私が軍師ホメロスとして過ごした日々の面影は少しも感じられなかった。上にあがる為の階段は、後に訪れるであろう英雄が登れぬように雑兵に破壊せよ、と命令しておき、国旗にもなっていた双頭の鷲の像は見るも無残な形に姿を変えている。大広間を抜けた先にある私とグレイグの向かい合った部屋は、グレイグの部屋の前に瓦礫の山があり中を覗ける状態ではない。私が命じた訳ではないが、魔物側にも多少は奴への恨みがあってそれがこういった形で現れたのだろうか。それとも単なる偶然か。今となってはどうでもいいことだった。反対に、軍師ホメロスの部屋には入れるようになっており、私の足は自然とそちらに向かっている。

「多少荒れてはいるが、ここは本当に変化がないな。……さて、ここに来てやることはただ一つ」

 私はそう言って、手に持っていたプラチナソードに目をやった。元よりそれが目的だったのだ。ここに来るまでに、ふと彼の場所を見かけてしまったが為に少々道草を食ってしまっただけ。私の目的は騎士の誇りと言われ、いかなる時も決して手放すことを許されないこの剣を、手放す事だった。理由はただ一つ。騎士として、軍師として、将軍として、双頭の鷲として生きたホメロスに別れを告げる為だ。デルカダールの智将ホメロスは死んだ。私は魔軍司令ホメロスとして生きる道を選んだことを、私の中ではっきりとさせる為にここに来たのだ。この剣を手放すことで、それは成る。

「……さらばだ、軍師ホメロスよ。お前は死んだ。私は魔軍司令ホメロス。ウルノーガさまを主君とし、六軍王を束ねる魔軍司令ホメロスだ」

 己にそう告げ、軍師ホメロスの誇りを箱にしまった。もう二度と私がこれを掴むことはない。目的を果たして部屋を出ると、メイデンドールが控えめにこちらを見ていたことに気づく。

「覗きとは随分趣味の悪い。……どうした、まさか英雄が一人で乗り込んできたわけでもあるまい」

「―――はい。魔軍司令さまがなかなかお戻りになられないと、ゾルデさまが仰るものですから」

 控えめに頭を垂れたメイデンドールの前をそのまま素通りして、私は屍騎軍王―――ゾルデの待つ玉座へ向かう。別段、アレと会ったところで話すことも特にない。私がアレに命じたのは、いずれ来るであろう英雄の討伐前に私と英雄を邂逅させろという事だけだ。奴は必ず「何故魔に手を染めたのか」などとくだらない事を聞いてくるに違いない。他の誰でもない、奴―――私を影者とし、ただ前だけを見て突き進む英雄グレイグが。答えてやる義理などないが、奴のことだ、今でも懐疑的になっている事だろう。ならば教えてやろうではないか。あぁ、待ち遠しい。奴がどんな面を下げて私の元にやってくるのか、今から楽しみで仕方がない。

 ―――さぁ、どんな顔をする?我が友グレイグよ。お前の友は、お前との思い出も、夢も、全て捨ててきたぞ。早く来いグレイグ。私は変わり果てた姿で待っている。他でもない、お前と過ごしたこのデルカダール城で。

第131回のお題。あのプラチナソードを置いていった理由、どう考えても「オレはもう人間であるオレを捨てていく」って意味だと思って……オレは人間をやめるぞッ、グレイグ~~!

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