一触即発 ※グレホメ

 ―――まずい、しくじった。このオレとしたことが、何故こんな事に。

 オレは今、ユグノア地方周辺の偵察に来ていた。というのも、近日行われるユグノア城の四大国会議に我が王も出席するからだ。日程まではまだまだ時間があるものの、我が王が無事にユグノア城へ赴くことが出来るルートを探るのも騎士の役目。そういうわけでオレは隊を率いてやってきたのだが、道中ドラゴンの群れの襲撃に遭い、隊の皆と離れ離れになった挙句、オレ一人が猛ったドラゴンたちに周囲を囲まれ孤立する事態になってしまった。数体ならばオレ一人でも十分切り抜けられるが、この数ではどうしようもない。何かしら策を練ろうと頭をフルに回転させようにも長旅の疲れが残っており、どうにもうまくいかなかった。

「くっ……。どうする……?」

 たてられる策は大きく分けて二つだ。真正面から切り抜けるか、戦わずして逃げ切るか。冷静に考えて、真正面から切り抜けるのは得策ではない。腕っ節に自信がないわけではないが、猛った魔物は本能のままにこちらを襲ってくる。ともなると、疲れ果てた一介の兵士が何匹も相手にしているといつかはこちらが折れるに決まっている。かといって逃げることもほぼ不可能なのだ。こそこそ身を隠して動ければいいのだが、何分今隠れている草陰以外はほぼ更地に近い。きっと隊の皆も阿呆ではないから、誰かしらは救援を要請しているとは思うが、それを期待して待っているのはオレのプライドが許さない。ただでさえアイツに後れを取っているのだ、これくらいの窮地、自力でどうにかしなければ。

「だが、手持ちのやくそうも心許ない。……魔法攻撃で凌いでもいいが、まほうのせいすいも数が限られている。くそっ……、どうする、考えろホメロス」

 そう自分に言い聞かせるものの、これといっていい案が浮かんでこない。まさかこんなところでオレは終わるのか?冗談じゃない。オレにはやるべき事があるし、このオレがこんなところで野たれ死ぬなど、亡くなった母上にどんな顔をして会えばいいのか。

「……あぁ、しかし、本当に何も浮かんでこないな。唯一の救いは、」

 魔物共がまだこちらに気づいていないことだけ、と言い切る前に草陰の近くを歩いていたドラゴンが何かを嗅ぎ付けたようで大きな鳴き声をあげた。
 まずい!、と直感するも、他に隠れる場所もなくいざとなれば戦う他に道がない。まさに一触即発の雰囲気だ。焦りと疲労が重なって十分な力を発揮できそうにないが、それでも戦わなければ死んでしまう。それはどうしても避けなければ。オレはアイツの隣に並び立ち、デルカダールいちの騎士となるその日までは死ねない。

「仕方ない。こうなれば―――」

 ぐ、と下半身に力を入れる。ドラゴンがこちらの気配を察知して、再度大きく声をあげると周りに散っていた魔物共がこちらに押し寄せてきた。ドラゴンの口が赤く光る。瞬間、ゴォッと凄まじい速さでドラゴンの口から吐き出た火球が草陰どころか周囲までも焼き尽くした。それとほぼ同時にオレは天に向かって高く飛び上がる。同時、剣を振り下ろしながら宙を返る。同時、その剣に己の魔力を込めた。そしてそのままドラゴン目掛けて勢いよく斬りかかり、休む間もなくもう一本の剣で連撃を与える。ドラゴンは何が起きたのかもわからずにそのまま闇の霧へと姿を変え息絶えた。まずは一体。

「よし、このままなら何とかなる!ここを切り抜けてしまえば……」

 ユグノアがある。ユグノアまで逃げ切ってしまえばひと安心だ。ひとまずそうしよう、と駆けだそうとしたその時だった。

 突然、魔物共が何かに怯えるかのように、急に一目散に逃げだしたのだ。刹那、忌々しい程にあたりを照らしていた太陽の光が遮られ、途轍もなく大きな影が地面を覆った。何か凄まじい気を感じ、オレは思わず身震いをする。意を決して上を見ると、目に入ってきたものは……。

「ぶ、ブラックドラゴン……だと……」

 ―――馬鹿な。普通、この地方に出現することはないはずだが、何故よりにもよってこの時に。勝ち目などあるはずがない。戦いを挑むなど以ての外だ。しかし、不運にもブラックドラゴンが空を旋回して降りた場所はユグノアへ続く一本道で、そこを通らねばユグノアにたどり着くことは出来ない。後ろはブラックドラゴンを見て逃げ出した魔物共が数多くうろついており、今の状態ではどちらに逃げても恐らく無事では済まないだろう。この絶望的な状況から生き延びる為には、より少ないリスクを選び抜いてその後は文字通り運に任せるしか道はない。ならば。

「後ろに行ってもまた先ほどのように囲まれて終わりだ。ならば道は一つ……勝ち目がないと分かっている相手に挑むなど愚行の極みだが、この際は仕方ない。ここさえ潜り抜けてしまえば!」

 グルルルル、とブラックドラゴンが喉を鳴らす。瞬間、足を大きく踏み出しこちらに向かって鋭い爪を振り下ろしてきた。オレはそれを紙一重で躱し、後ろへ飛びのく。ガッ!と大きな音をたててオレがいた場所は瞬時に抉られて、周囲が砂煙で見えなくなる。ブラックドラゴンの攻撃はそれでとどまることを知らず次はコオォ……という独特の音を耳にした。間違いない、ブレス攻撃の前兆だ。しかし、砂煙のせいで何処からどうブレスを吐いてくるのかがわからなかった。幸いにもブレス攻撃には時間を有する為、見極めてしまえば容易に避けることが可能だ。さて、どうする。

 ……その時だった。随分と聞きなれた声が、天から降ってきたのは。

「っ、ホメロス!!右だ!!!右に避けろ!!」

 その言葉通り、オレはすぐさま右に全体重を乗せて飛びのいた。それとほぼ同時に、オレが立っていた場所がブレスにより焼け野原となる。間一髪だった。あの声がなければ今頃オレは全身黒焦げになり目も当てられぬ遺体と化していただろう。ブレスによって砂煙が晴れ、オレは声がした方へ目を向ける。そこに居たのは、まさにオレがこの窮地を切り抜ける為に与えられた切り札であり、希望だった。

「随分と遅い到着だなグレイグ。待ちくたびれたぞ」

「そんな軽口を叩いている場合か!俺が叫ばねば今頃お前は……!」

「フン、あのブレス如きでこのホメロスがくたばるはずがないだろう?―――いくぞ」

「し、しかし……。ここは俺に任せてお前は下がっていた方がいいのでは……」

 グレイグの言っている事は正しい。手負いの兵士が居ては、このデルカダールの猛将グレイグと言えども動きにくいに決まっている。しかし、それを易々と認めていてはどうにも居心地が悪くなってしまう。あぁ、またグレイグに先を行かれてしまうのか。それ程オレはコイツの隣に立つ資格がないのか、と薄暗い感情に心を支配されてしまう感覚に何度陥ったことか。―――だが、そうではない、そうであってはならない。オレは昔コイツと誓い合ったのだ。二人でデルカダールいちの騎士になるのだと。ならば、後ろに下がるのではなく、やるべき事など一つしかない。それが、普段の戦場においてどんなに愚策だったとしても、オレには守らねばならぬ矜持があるのだ。

「馬鹿なことを言うな。……オレの事は気にするな、大丈夫だ。オレたち二人に敵などいないだろうグレイグ」

「む……それはそうだが……。お前がそう言うのならば俺は止めぬ。だが無理はするなよ―――背中は任せたぞホメロス!」

 ああ、と声を掛けると同時にオレたちはブラックドラゴンに向けて駆けだした。そう、オレたち二人に敵などいないのだ。二人でいれば、どんな敵でも、どんな苦難でも乗り越えられる。今までそう信じてオレは生きてきた。我が友グレイグよ、そうだろう?お前も同じ気持ちであると、オレは信じている。

第132回のお題。共闘するところが見たかった。

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