打ちひしがれる声。
⸺化物、悪魔、人でなし。悔し涙なのか、それとも絶望した故に涙することしかできないのか。人間が人間たりうる為の感情が備わっていないイチジには、それらを理解しようなどと土台無理な話だ。そもそもそんな必要などない。この世は弱肉強食の世界だからだ。強者に食われるのも、生を全うできないのも、全部弱い己が悪い。イチジはそう思っている。
悪魔?化物?⸺否、貴様らが弱いだけだ。
道すがら、イチジは憎悪に燃える男と倒れた女に出くわした。"よくも妻を"だったか。そのような事を口にし、ジェルマ最高傑作の身体に傷をつけようと殴りかかってきた男を一瞬の戸惑いさえ見せず屠った。先程までは人間の形を保っていた"それ"は、倒れる女と反対の方へ崩れ落ちていく。イチジは、ただただその様子を眺め、静かに歩き去っていった。
「⸺よくも妻を?……替えのきくような物の為に身を張るなんて馬鹿げた話だな」
誰に告げるでもなく、イチジはそう独りごちてジェルマの城がある方へ歩く。
果たして今日は、あの傀儡はどう動くのだろう。"おかえりなさいませ"と抑揚のない声で、無機質な赤い瞳で、お手本のような礼で迎えるのだろうか。いつものように。
ふと、イチジは倒れる女の顔を見た。物言わぬ死体に、脳裏に映る己が妻の顔を照らし合わせてみる。⸺血の気の薄い白肌に、薄紫の髪が頬にかかった。華奢な雰囲気に似合わぬ、はっきりとした赤い瞳を閉じ、無数の花に埋もれる妻の顔を。
だが、いくら考えを張り巡らせても"死"という概念が妻を包んだだけで、特に何も感じることはなかった。
欠乏症
本サイトのイチジ様と夢主の関係を端的に表現したいな~と思ったらこうなりました。