01

 それは突然起こった出来事だった。空に架かる虹が一瞬にして色褪せたのだ。

 その日からここ――ポップスターに住む者達の日常は慌ただしくなった。呆れかえる程平和だった星の姿は最早幻となり、この出来事を以て我々星の聖騎士軍は、暗黒物質一族と星の命運を懸けた戦いへと赴く事となる。
 ――星の聖騎士軍。ポップスターが誇る最強の星の戦士、カービィが率いる軍隊の総称だ。大将として君臨しながらも最前線で皆を勇気づけながら敵に立ち向かう姿はまさに希望といったところか。勿論、私――メタナイトもカービィの補佐兼騎士軍中将として指揮を執っている。星の戦士とはいえカービィはまだまだ幼い。いくら悪意に対しての感覚が優れているといっても、いつ何が起こるか分からない戦場で己の感覚だけを頼りにしていてはいつかやられてしまうだろうから、とデデデ大王から遣わされた。言い換えれば教育係だろうか。

 今日は私が最も得意とする、剣の稽古を行う予定だ。他の武術の稽古ではカービィに一本取られてしまう事もあるが、剣の稽古ではカービィに負けた事は一度もない。自慢ではないが、ポップスターにおいて、剣の腕で私の右に出る者はいないと自負している。だが、ゆえに……私にまたこっぴどくやられるのが目に見えて分かっているからか、約束の時間になってもカービィは稽古場に現れなかった。一国の軍の大将である彼がこんな様子では下に示しがつかんとあれだけ言ってもまだ理解ができないらしい。これは稽古の前に説教だな――とため息をついたその時だった。

 バンッ!と大きな音を立てて稽古場の扉が開いた。

「ちょっ、メタナイト!!いる!!?」

「なんだ騒々しい……って、カービィ!あれ程時間を気にしろと――」

「あぁ待って説教は後で聞くから!それより大変なんだよ!!」

 何が、と聞き返す間もなくカービィは「とりあえず急いで町の広場に来て!」と踵を返し何処かへ走り去っていった。随分と慌てた様子だったが、いったい何があったというのか。暗黒物質一族が攻めてきたのかと思ったが、あの背筋が凍り付いてしまいそうな程の殺気は感じない。百聞は一見に如かず、ともいうので仕方なく私も広場に向かうことにした。
 稽古場を出ると、普段は騒がしい城内が静寂に包まれていることに気付く。ほんの数時間前まではワドルディ達が忙しなくこの廊下を行き来していたのだが、現在は誰一人としてこの廊下を歩いている者はいない。皆、カービィのように広場へ向かったのだろうか。

 暫く誰もいない城内を歩いていると、少し遠くの方にブルームハッターがせっせと掃除をしている姿が見えた。

「ご苦労」

「……はっ!メタナイト様、まだこちらにいらっしゃったのですか!?てっきり、デデデ大王様と共に広場へ向かわれたのかと思っていましたが」

「む。大王様まで広場に向かわれたのか」

「はい。……確か、何方かこの国にいらっしゃるとか」

 なるほど、ブルームハッターの話を聞いて合点がいった。確かに数日前、デデデ大王が異国の使者がポップスターに来るとか何とか言っていたのを思い出す。私には特に関係のない事だったので、気にしてはいなかったがカービィの様子を見ると無視を決め込むわけにもいかない。あまり気は乗らないが、気分転換と捉えて私は城の門を通り外に出た。

 肌を優しくなでる風、空を見ると雲がゆったりと流れ、地を見れば緑豊かな景色が広がっている。これぞプププランド、といった景色だがやはり虹が色褪せておりどこか異様な雰囲気が漂っている。早くこの異常事態を何とかしなければ、と思いながら私は広場へ歩みを進めた。
 既に広場には人だかりができており、中心にいるであろうデデデ大王やカービィには簡単に近づけそうにない。「すまない、通してくれないか」と民衆に声をかけ、どうにかカービィの隣へとたどり着くことができた。

「カービィ、いったい何があったというのだ」

「あ!メタナイト!!遅いよ~、ちょっとあれ見て!」

 カービィがあれあれ!と指をさす方に目をやると、そこにはこのポップスターでは見かけることのない宇宙船のような物体が広場の噴水に墜落していた。その壊れようは凄まじく、どう考えてもこの星の技術では到底修理することは不可能だろうと推測できる。時間をかけさえすれば、ある程度までなら私も可能だが今はそんな余裕などない。
 がちゃ、と音を立てながら宇宙船のものと思われる瓦礫を我が国王であるデデデ大王がどかし始めた。普通であれば、こんな未知の物に王自ら触れるなどあってはならない事だが、この王となれば話は別だ。ここで止めようものなら「何を言う、メタナイト!こんな見たこともないもの、興味が向かない方がおかしいわい!」と反発するだろう。瓦礫を漁る顔も生き生きとしており、不安がっている住民とは雲泥の差だ。もう少し落ち着いて行動してほしいものだが、昔からこうなので変わることなどないだろう。側近でありながらこんな事を言うのもなんだが、半ば諦めている。

「大王様」

「おう、メタナイトか!」

「おう、ではありませんよ……。この宇宙船のような残骸は何です?今日はこの星に来訪者が来るのではなかったのですか」

 そう問えば、デデデ大王は眉を下げ「それなんだが……」とすっきりしない物言いで返してきた。「どうなんです」と少しきつく問い質すと、はぁ、とため息をつきながら「それがワシにもわからんのだ」との事。大王様が言うには、約束の時間はとうに過ぎているのだそうだ。初めこそ玉座にて待機していたそうだが待ちきれなくなり城の外に出たところ、この宇宙船のようなものが丁度広場に墜落したところだったらしい。なるほど、と合点がいったところで、私はある結論に辿り着く。

「――大王様。僭越ながら意見させていただきますが、この宇宙船……その待ち人が乗っていたものでは」

 考えてみれば至極当然な結論だ。この星では見ることがないであろう宇宙船、待っていても現れない待ち人……察するに宇宙船が何らかの原因で故障し、広場に墜落――着陸予定場所から大きくずれた為、異星の地で目的地も何処にあるか分からず彷徨っているというのが筋だろう。大王はそれを聞き、一理あるなと返事をした。だが、あまり納得がいかなかったのか大王は「しかしだなメタナイト」と続ける。

「来訪者の出身はアクアリス国だ。この意味、聡いお前なら皆まで言わずとも分かるだろう」

「……なるほど。科学技術にはかなり疎いアクアリス国がこのような宇宙船を造れるはずがないと」

 そうだ、と大王がうなづく。確かに、アクアリス国の科学技術では宇宙船を造ることなどほぼ不可能だ。科学技術の発達が著しいハルカンドラ国は他の星とは一切関わりを持たない事で有名だし、ハルカンドラから取り寄せたわけでもないだろう。
 ――と、すれば。辿り着く結論などこれしかない。大王がやたらにやつきつつ瓦礫漁りをしていた理由も、""奴ら""に一泡吹かせてやりたかったからだろう。

「やれ、メタナイト。ワシは民の避難誘導にまわる」

「仰せのままに」

 私は腰に手をかけ、宝剣ギャラクシアの柄を掴む。カービィも既に察したようで、民衆を庇う様に立ちコピー能力のカートリッジを握っている。大王も広場に集う民衆の避難誘導を部下に伝え、愛武器のハンマーを掲げていた。静寂が広場を包む。緊迫した空気が肌を刺す。

(宇宙船から出てきた瞬間を斬る、見逃すものか……)

 がら、と音を立てて宇宙船の瓦礫が崩れた。――今だ!

「暗黒物質よ、覚悟するがいい!!我々聖騎士軍を甘く見たのが――」

 運の尽きだ、と叫ぶのと同時にギャラクシアを瓦礫から這い出た人影に向かって振ろうとし、既の所で踏みとどまる。カービィに「メタナイト!?何してるの!」と𠮟責されたがそれどころではない。
 ――ギャラクシアの切先に当たるのは見たこともない程に透き通った、空の色を映したかのような髪。私が刎ねようとしたその首は折れてしまうのではないかと思わせるほど細く、色白で美しい。思わず提げたギャラクシアを落としてしまいそうだった。何が起こったというのだろう。瞬時に理解はできなかった。カービィも目を点にして宇宙船から出てきた人物を凝視しているし、デデデ大王に至ってはだらしなく口を開けてぼうっと突っ立っている。

「――あぁ、どうしましょう!私ったら、あれだけ大切にしなさいと言われてた宇宙船を壊してしまいましたわ……」

 ふわり、と優しい声色が辺りに響く。声の主は哀しげに壊れた宇宙船を見てほぅ、とため息をついた後こちらを振り向いた。海を思わせる深い花色の瞳とかち合う。

「まぁ、この星の住民さんですか?初めまして。私、アクアリス国から参りました……と申します」

 そう言って丁寧にお辞儀をする姿は妙に様になっていて、美しい。私はギャラクシアを鞘に仕舞い、頭を下げる。

「其方がアクアリス国からの使者であったか……。すまない、この無礼をどうか許してくれ」

「いいえ、どうか謝らないでください。ポップスターが暗黒物質の侵攻により甚大な被害を被っていることは国王より聞かされております。警戒なさるのも無理のないことですわ」

 彼女はそう言いながらにこり、と微笑む。その可愛らしさといえば花をも嫉妬させるのではないかと思った。案の定デデデ大王は既に彼女の虜のようで、目を奪われている。カービィはというと、いつの間にかの隣に並び「、疑ってごめんね!」と手を引き城の方へ案内しようとしている。とりあえずぼうっと突っ立って王の威厳も何もない大王様に声をかけ、私もカービィとの後ろに付き城まで護衛をする運びとなった。……壊れ果てた宇宙船はいったいどうするつもりなんだ、と思いながら私は広場を後にした。

***

「よくぞいらっしゃった!遠いアクアリス国からこのポップスターまで、貴女のようなお嬢さんが宇宙船を操縦するのはとても大変だったであろうに……」

 にへらぁ……と随分締まりのない顔でデデデ大王がに声を掛ける。はというと、先ほどと同じくにこにこと愛想のいい顔で大王と談話していた。大王の至極どうでも良い話にさえしっかり耳を傾け、相槌を打つ彼女を見ると、優しいを通り越して最早何も考えてないのでは?とさえ思えてきてしまう。このままでは埒が明かないと思い、んんっ、と一つ咳払いをして大王様の話を遮った。すると、大王様は口に出さないながらも明らかに「邪魔をするな」と睨んできたがそこは無視を決め込む。

「――失礼ですが大王様。客人もトラブルの連続でお疲れなのでは?」

「あ、いえ……あまりお気になさらず」

 遠慮がちにはそう言ったが、他の星から来てトラブルにあい、更に一国の王に延々ととりとめのない話をされれば疲労が溜まらないはずがないだろう。大王様も「ふむ……」と少し考え込んでから、ワドルディに客人を部屋へ案内するように、と指示を出した。これで多少なりとも休息は取れるはずだ。

「其方……、殿。私も部屋までご一緒しましょう」

 大王が鋭い視線を飛ばしてきたが、こちらに他意や下心はなく、ただ単に女性に対しての礼儀だと思ったまでだ。それにしても、いくら美人や可愛らしい女性に目がないとはいえ大王をこんな数時間足らずで虜にしてしまうとは。大王様にも困ったものだな、と心の中で呟いた。今までも来客や民衆の美しい女性に擦り寄っては痛い目にあっているはずなので、いい加減学んでほしいと思うことも少なくない。女性にだらしない国の代表の補佐も大変なのだ。ふーっ、と深くため息をつくと、が眉を下げながらこちらを見ていることに気付く。

「大丈夫ですか……?」

「あ、あぁ。お気遣いなく……」

「そうですか」

 では参りましょう、とに声を掛けた。はそれに素直に従うと直ぐに、あ!と声を上げてくるりと後ろを振り返る。どうしたのだろうと思ったが、どうやら大王様に再度挨拶をしたいらしい。見かけ通り、礼儀の正しい女性だ。しかし、妙に振り返る姿や、丁寧にお辞儀をする姿がどこか様になるのは何故なのだろう。それらしく振る舞う様に躾けられたような、洗練さを感じる。城に仕えているとはいえ、ただの一般人がここまでの雰囲気を身に着けられるだろうか。そう、まさに貴族を彷彿させるような、只者ではないだろうと思わせる形容しがたい空気を。

「――デデデ大王様、改めて歓迎してくださり、心から感謝いたします。ポップスターはいい国ですね。私を送り出したお父様もきっとそれをわかっていらっしゃったのでしょう」

「んん?お父上が送り出した……?確か、使者を寄越すという旨を記載した文書を書いたのは……」

 うーん……と考え込んだが、答えは出なかったのか大王が怪訝そうにを見る。彼女は大王の様子を見て察したのか、にこりと微笑んだ後こう言った。

「はい。それを書かれたのは私のお父様――アクアリス国王ですわ」

 瞬間、玉座の間が凍り付いた。それはそうだろう、そもそも邂逅の時点でポップスター側はとんでもない歓迎をしている。私もこうして冷静に思考を巡らせてはいるが、動悸が治まらない。
 の父上が国王、それが示す事実はの正体は、つまり――。

「お、王女――?」

「あれ、お伝えしていませんでしたか?改めまして、私、アクアリス国王女のと申します。宇宙船が直るまでの間、どうぞよろしくお願いいたします」

 胸に手を当て、ぺこり、と頭を下げる。私や大王様、その他使用人らはただただ目を丸くしてその様子を眺めることしか出来ない。当の本人は、何故皆が硬直しているのか理解できないようで、あたふたしている。助けを求めるかのように、は私の方に何やら視線を飛ばしてきているが私はと出会った時の事を省みており、それどころではなかった。騎士である私が、他国の客人であるに対し剣を向けたという事実、が王女であることを抜きにしても許される行為ではない。それが王女ともなれば尚更だ。一連の行動を見ている限り、が国王にあれこれと告げ口をするような女性ではないと思うが、どうにも落ち着かない。

「あ、あの~……皆さん?えーと、とりあえず私は客室に向かえばよろしいのでしょうか……?」

 がそういうと、デデデ大王は疲れ切った声色で「……メタナイト、ワドルディ、頼んだぞ」と一言零すと一人王室へと戻って行ってしまった。暗黒物質一族との戦いも控えているというのに他国の王女を迎えるなど、我が国は一体どうなってしまうのだろうか。に何かあったらアクアリス国との関係も悪化し、今より更に酷い状況へと追いやられる事となる。城の廊下を歩きながら、美しいお城ですわねと随分のんきな台詞を吐くをよそに、私は長い溜息をつくことしか出来なかった。

中学生のころに書いていたもののリメイク……と謳ってはいるものの実質新しく書いてるようなもんですね……。

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