01

 飛ばされて早々戦いに巻き込まれるだなんて、誰が想像したことだろう。ただの怪物ならまだしも、相手にしていたのは人擬態級の5体のロストメアだ。各々が使う能力を駆使してそれぞれメアレスたちとの戦いに合わせてきているようだった。ここがどこか、なんて説明する必要もない。ロストメア――見果てぬ夢が出てくるということは、ここはすなわち……夢と現実の狭間にある街、ロクス・ソルスだ。
 僕は懐に手を忍ばせる。そして一枚のカードを取り出すのと同時に詠唱。刹那、このロストメア集団の親玉であろう男に魔法を放つ。当たる……そう確信したが、その男が指をふ、と振るうと同時に自信が放った魔法は虚空に逸らされた。瞬間。僕の後ろから放たれたであろう雷の魔法が男の肩に命中した。恐らくこの魔法は――。

「リフィル!」

「気を付けなさい、黒猫の魔法使い!奴は魔法を逸らす力をもっている!!」

 わかった、と返事をし真っ直ぐ男の目を見据える。そこからは早かった。他のメアレスたちもやられっぱなしで立ち尽くすような性格はしていない。僕とリフィルに続いて各々ロストメアたちに怒涛の攻撃を仕掛けに行く。あるものは銃弾を華麗に放ち、あるものはハンマーのようなものを力強く振るう。あるものは魔法で剣を操りロストメアに向かって投げ、またあるものは赤黒くおぞましい装甲を纏いながら己の拳を突き出す。
 ロストメアたちはそれぞれの攻撃を防ぎつつ、絶対に引くまいと闘志を燃やす。その瞳には「絶対に叶ってやる、叶えずに死ねるものか」という強い願いを映し出していた。叶いたい。例え捨てられた夢であろうとも、生まれたからには絶対に――。見果てぬ夢の、魂の叫びが聞こえる。しかし、ここを通してしまっては、夢が叶うのと引き換えに世界の理を大きく捻じ曲げてしまうかもしれないのだ。絶対に、通してなるものか。

 そう決意した瞬間のことだった。ふ、と加速する影が一つ。――青い髪のロストメアだ!
 いけない、とカードを持ち構えるも間に合いそうにない。するとその影を追うように黒い影が僕の横を弾丸のように駆け抜ける。"夢魔装"ラギト――、青髪のロストメアが門に触れたと同時に、彼の装甲から伸びた鎖がロストメアをからめとり、そのまま門とは逆の方向へぶん投げる。

「黄昏が終わる――、撤退だ!」

「行かせるかぁ~!!」

 大きなハンマー、もとい杭打機パイルバンカーが火を噴く。"戦小鳥"ことミリィが撤退するロストメアたちの背中に砲撃を浴びせようとしたその時だった。

「クラッシュウィール!」

 聞きなれない声が真上から降ってきた。魔力を帯びた光と共に、ミリィの攻撃を盾で受け止めようとしたロストメアに突っ込んでいく。その勢いを相殺しきれず、ロストメアが持っていた盾は半壊している。――弓で敵を殴った。少なくとも僕にはそう見えたし、師匠であるウィズも傍らで口をあんぐりと開けていた。
 その場に降り立ったのは、機械のような弓を持った青年だ。黄昏によって赤い髪をさらに赤く燃やしながらキツい眼差しをロストメアに向ける。青年はそのまま弓を振りかぶり、再度同じようにロストメアを殴ろうとし――それは虚空をきる。

「来い、"アイアンメア"!」

 先程、僕の魔法を指で逸らした男が声を上げた。そのままロストメアたちは撤退していった。それを見届けると、へたり、とミリィが地面に座り込んだ。それに倣い他のメアレスたちも緊張の糸が解け、こちらに目線を向けた。

「助かった、魔法使い。しかし貴方……いつも唐突に現れるわね」

「本当にね……。リフィルたちも」

 元気そうでよかったよ、と声をかけたがそれはまたもや聞きなれない声に遮られることとなった。

「は、最上位のメアレスも落ちぶれたものね。別に頼りになんてしていなかったけれど、こうもあからさまにやられるだなんて話にならないわ」

 凛としていて、透き通るような美しい声……だが、それは氷よりも冷たく、吹雪を思わせるほどに誰も寄せ付けまいとする悲しい響きだった。声がした方向を見ると、黄昏を背景に、深海よりも深い、サファイア色の髪を風になびかせながらこちらを鋭い瞳で見据える少女が一人。その佇まいは彼女の声のように美しく可憐であるものの、近づきがたい印象を受けた。そして――。

「こぉら、開口一番に喧嘩売らないの」

 こちらも聞きなれない声だった。先程の少女とは違い、親しみのある優し気な、柔らかい声。その声は少女の背後から聞こえる。アメジスト色の髪をふわりと風になびかせる女性がいた。なるほど、こちらの女性も辺り一面に咲き誇る花を思わせる美しさで、先程の少女と並ぶとそこだけが絵本から切り取った頁かと思わせるようだった。

「喧嘩売ってるんじゃないわよイース。事実を親切に述べてあげただけ……で、アンタたち。ひと仕事終えました~みたいな顔しているけど、何をしていたわけ?馴れ合っていて、自分の仕事忘れちゃったの?」

「そ、そんな言い方……!確かにちょ~っとだけ厳しかったですけど、一応守り切ったじゃないですかぁ!」

 随分と高圧的な態度にカチンと来ないわけではなかったのだが、僕が口をはさむ前にミリィが口を開いていた。大きな瞳をわなわなと震わせながら精一杯反論したようだが、少女はそれに対しミリィを小馬鹿にした態度で言い返す。

「ふん、黙りなさいな"戦小鳥"。門の力を引き出されていて守り切っただなんてよく言えるわね。ましてや……そこの、最強のメアレスとやらもついていながらこの惨状。わかってるの、"夢魔装"!」

「――その言い方は俺もどうかと思うが、"鎮魂歌"の言うとおりだ。これだけメアレスがそろっていながら門を守りきれないとは」

 "夢魔装"、と名指しされ、ラギトが何か言おうと口を開く前に、赤髪の青年が答えた。赤髪の青年は冷たく目でこちらを一瞥した後に、門の方に目をやる。
 そこには、黄昏時を過ぎてもなお、その輝きを失わぬ門が佇んでいた。普段なら、黄昏を過ぎたならその出入口は閉ざされるはずが、何故か開いたままだ。他のメアレスも驚きで目を丸くしながら門の方を見ている。
 緊迫した空気の中で、一番に声を発したのはアメジスト色の髪をした女性だった。鈴の音を転がしたような、黄昏に融けゆく声でか細く「……レッジ」と――。確かに、そう言った。レッジと呼ばれた青年は、その声には反応せずただ一言、僕たちに向けて「門が閉じるまで帰ることは許さん。いいか」とだけ言い放ったのだった。
 青い髪をした少女は、そう返した赤髪の青年――レッジを睨みながら「冷たい男。……行くわよイース」と言い門とは逆の方へ去っていった。それに伴いアメジスト色の髪を揺らしながら、イースと呼ばれた女性も急いであとを追って行く。あ、待って!と声をかけたものの振り返る様子もなく、辺りは静寂に包まれた。シン……とした空気の中、それぞれ思うことがあったのか、表情に曇りがかっている。その静寂を打ち破ったのは"夢魔装"ラギトだ。

「……相変わらずだな、あいつも」

「知り合いかニャ?……それにしたって、あの言い方はなんなのニャ!?リフィルたちは精一杯応戦していたのに、あんまりニャ!」

 確かにね、と師匠の言葉に相槌をうつ。彼女たちがどれだけの実力を持つメアレスなのかは知らないがあんまりな物言いだったと僕も思う。リフィルやラギトたちは己の持てる力で対抗していたし、門に少々の被害はあったが、そもそも青髪の少女たちは件のロストメアとは対峙していない。リフィルたちを非難できる立場ではないはずだ。それに、「門を守るのがメアレスの仕事」と言いながら、この非常事態にさっさといなくなるのもどうなのか。原因は、予想ではあるがレッジと呼ばれた青年と、イースと呼ばれた女性にあるような気もするが……。なぜだろうと考えても、僕は彼女たちのことを何も知らない為、答えは出なかった。すると、こちらの気を知ってか知らでかラギトが眉尻を下げながら困ったような笑みで話し始めた。

「――知り合い、そうだな。青髪の方……"鎮魂歌"とは旧友さ。まあ、そう記憶しているだけにすぎないのだが……。あれでも、昔はよく一緒に行動したものだ。俺たちの後ろをついて歩くか弱い少女だった。今じゃあいつもメアレスをやってるのだから、時の流れっていうのはあっという間だな」

「そうなんだ。でも彼女、すごい顔でラギトを睨んでいたけど、何かあったの……?」

「それは……、時が来たら教える。それでいいか、魔法使い」

 ラギトにしては珍しく歯切りの悪い言い方のように感じた。それに、彼の事情はある程度把握しているとはいえ、"そう記憶しているにすぎない"とはどういう事だろう。恐らくはその身に纏うロストメアと融合された事が原因だろうとは思うのだが、きっとこのことに関してはラギトもあまり容易に触れてほしくない案件に違いない。それ以上の追及はやめ、とりあえず、と僕は告げた。

「門が閉じるのを待って、"巡る幸い亭"にでも行こうよ。そこで色々詳しく聞かせてほしい」

 そうだな、とラギトが言う。それに倣って他のメアレスたちも門が閉じるまでその場で待機となった。門が閉じるのはそれから数時間後――夜が来て、ようやく光を失ったのだった。

この視点実はめちゃくち書きにくいことに気づきました。

Back