乙女の憂いは(かんさん宅)

 あ、と後ろから声をかけられた。あの人に似て、はっきりとした声色にも関わらずどこか優しさを含んだ声。その声の主は振り向かずともわかる。なにせ、己の愛する人の血を分けた家族であるからだ。

「―――レナさま」

「あ、また"さま"って付けたね?付けなくていいよ、そういう堅苦しいの苦手だし」

 はぁ、と呆れたように彼女は息をつきこちらを見る。太陽の光をこれでもかというほど反射し、窓から入ってくる風になびかせた金糸の髪。こちらを見つめる瞳はあの人の血を感じさせる美しい琥珀のようで。思わずじ、と見つめていると彼女はどこか気恥ずかしいような素振りを見せ目を逸らした。

「ふふ、ごめんなさいレナ"さん"。つい癖で」

「そのわりに、グレイグとホメロスだけは呼び捨てじゃん」

「幼馴染のようなものですから。……そうね、でも確かに。馴れ馴れしくしてはいけないのかもしれませんわね」

 グレイグとホメロス。私の大切な、何者にも代え難いお友達。かのユグノア事件で両親を失った私にとっては、幼少期を共に過ごした彼らだけが身内のようなものだ。グレイグは、今は亡き国バンデルフォン出身の騎士で、ホメロスはここ、デルカダールの貴族の出だと聞いている。私はユグノア出身の、王家の血が混じった貴族の出であった。訳あって、昔このデルカダールへと奉公に来た身だ。血筋で言えば、三人の中では一番上流であると言えるのかもしれない。だが、身分で考えるとどうだろう。私は一介のメイド長、グレイグとホメロスは双頭の鷲と呼ばれ、今やこの国の未来を担う将軍である。昔からの仲に甘えて、気軽に名を呼び会える存在ではないのかもしれないな、とふと思った。

「いやいやそれはないでしょ、ていうか、そういう事言いたかったんじゃなくて!」

「分かってますよ、レナさん。ふふ、ちょっと意地悪してみたんです」

「そのくらいで"意地悪"っていうんだから婦長さんは優しいよね。どっかの軍師さまとは大違い」

 へら、と笑いながら彼女は言う。普段の、凛とした表情を崩して笑う様子も彼―――ホメロスにそっくりだ。本当によく似ている。風にたなびく美しい黄金色の髪も、宝石の琥珀を感じさせる瞳も、佇まいも、どこを切り取っても彼とレナは血を分けた家族なのだと感じさせられる。私はそれが少し羨ましかった。家族を亡くした私にとって、私の幼少期を一緒に過ごしたグレイグとホメロスこそが家族だと、そう思って過ごしてきた。だが、ある日、諸々の過程を経て、目の前にいる彼女の存在を知ることになる。ホメロス自身、その話を王に聞かされた時点では 「失礼を承知で申し上げます。我が王……この私、ホメロスの家族と呼べる者はグレイグとイリアだけです」と珍しく王の言葉に反発していたはずだ。だが、いざレナと対面してみると、彼もレナが己の妹である事を認めざるを得なかった。なにせ、これだけ似ているのだ。動作一つどころか、ただ立っているだけで彼と似たような雰囲気を纏っている。彼女はだれが見ても『双頭の鷲、軍師ホメロスの妹』だった。
 私はその場に居合わせたわけではなかったが、それこそグレイグが言うには「あんなに驚いたホメロスの顔は初めて見た」とのこと。普段は冷静沈着であまり動じない彼も今回ばかりは度肝を抜かれたのだろう。後ほど私もホメロスから話を聞き、実際に顔を合わせた時は思わず「ホメロスが二人いるわ……」なんて呟いてはレナとグレイグに大笑いされ、ホメロスには鼻で笑われたものだ。
 そんなことを思っていると、彼女が首を傾げてこちらを見ていることに気づく。

「……は!も、申し訳ありません、少し呆けていましたね」

「あっはは、いいよいいよ!なぁに、ホメロスのことでも考えてた?」

「―――そう見えましたか?ふふ、何だか恥ずかしいですね。厳密に言えば違いますけれど、まあそのような感じです」

 少しはぐらかして答えてみると、彼女はふぅん、とどこかつまらなそうな顔をしたかと思えば咄嗟に私の腕を引いて歩きだした。

「あ、えっ!?レナさん!!?」

 どうしました、なんて聞く間もなく早足で彼女は城の入り口まで私を引っ張っていった。城の清掃中ではあったが、別段急いで行う仕事でもなかったので支障をきたすことはないと思うが、やるべき事を放って城下町へ出るような真似をすればきっと仕事人間の彼は鬼の形相で―――。と、そこまで考えて血の気が引いた私は彼女……レナの歩みを止めるべく軽く踏ん張ってみた。しかし、抵抗も空しく何事もなかったかのように彼女は歩みを止めない。そりゃあそうだ、彼女は騎士。力比べなんてしたところで勝てるわけがなかった。
 ―――まあ、たまにはいいわよね。
 私はそのまま諦めて流れに任せることに決めた。

 ずるずると引きずられて、レナが足を止めたのは城下町の奥側にひっそりと開いていた喫茶店だ。一見分かりにくい場所に店を構えているが、わりと繋盛しているようで店内はどこも満席。テラス席が空いていたので、レナと一緒にそちらに移動する。城や街の上層部にあるテラス専用の椅子やテーブルには劣るものの、どこか上品さを纏った白を基調に植物のデザインが施されたそれは、一介のカフェに置いてあるものにしては美しい。彼女は席に座るやいなや、近くを通った給仕に「お姉さん、いつものやつ二人分お願いね」と言うとこちらを向いた。

「さ、ここなら城の人間はなかなか来ないだろうし―――ね!婦長さんも話しやすいでしょ?」

「え、え……?あの、例えばどういった……」

「も~!鈍いんだから!!」

 心底呆れた、といったふうに頭を抱える彼女。内心申し訳ないとは思ったが、わからないものは本当にわからない。未だ頭上にクエスチョンマークを浮かべる私に「全くもう、そりゃあ軍師さまも苦労するわ」なんて独り言を零すと、私にだけ聞こえる声でこう言った。

「好きなんでしょ?ホ・メ・ロ・ス・の、こ~と!」

「―――っ、!」

 何を言い出すかと思えば。「失礼します、ご注文の品を~……」といい香りのする紅茶を給仕が持ってきたが、それすら頭に入らなかった。私の慌てる姿が面白かったのか、レナはくつくつと口を押えて笑っている。なんて人だ。確かにこういうところもホメロスそっくりだな、なんて思いつつも何とか反論しようと考えを張り巡らせてはみたが一向に彼女を言いくるめられる言い訳は一つも浮かばなかった。理由は単純明快、それが事実であるからだ。―――そう、確かに私は彼、ホメロスを好いている。いつそのような気持ちが芽生えたか定かではないが随分と長い間淡い恋心を抱いている自覚はあった。いつかは、なんて思いもしたが中々言い出す勇気もなく、彼が他の婦人から受け取った恋文を読み、溜息と共に屑箱へ捨てる様を見ては安心と不安を抱えて過ごしている始末。そんな毎日から解き放たれたいと何度も思ったが、どうにも足踏みしている状態だ。何分幼少期からの仲ともあって、今のある程度心地良い関係を崩すくらいなら、その小さな幸せの中で生きていてもいいや、と感じているのも事実なのだ。
 レナはそんな私の心を見抜いたのか、唇を尖らせその鋭い目をじとり、とさせた。

「あのねえ……。いやまあ、言いたいことはわかるんだけど」

「うぅ……お恥ずかしい限りですわ……。でも、本当にこうして想っているだけでも幸せなんですよ」

「ホメロスが誰か違う人と結婚したとしても?」

「そっ―――、それは……」

 嫌でしょ?と問われ、そこは素直に「はい」と答える。心のどこかでは「彼がそこんじょそこらの婦人を娶るはずはない」なんて慢心している部分もあるのだが。そうしてあれこれ理由をつけては己に枷を嵌めて、私は何がしたいのだろうか。

「勇気がでない、ってだけじゃなさそうだね。分かるけど。―――色々考えちゃうもん、あの双頭の鷲となれば」

「―――え?待ってください。それって」

「そうそう、私も婦長さんと同じ。だからこうして喋ってみたかったんだよ」

「……まさか、レナさんもホメロスのことを!?」

 そう叫ぶと彼女は飲んでいた紅茶を軽く吹いた。げほっ、けほっ!と激しく咳き込んで涙目になりながらこちらを見る。

「なんでそうなった!?違うでしょ!!けほっ……あぁもう婦長さん、それ素でやってるとしたらある種天才だよ……」

 いえ、本当にそう思ったのですが。と言ったところでどうにもならないので心に秘めておくことにした。確かに、冷静に考えれば彼女とホメロスは兄妹であるから、もし本当にそのような気持ちを向けていれば宗教的には禁忌を犯すことになってしまう。彼女やホメロスが大樹を信仰しているかどうかはまた別として。
 となると、彼女はグレイグへ想いを寄せていることになる。私自身はグレイグに恋愛感情を抱いたことはないが、確かに彼も群を抜いて魅力的な人だ。このデルカダールでグレイグを知らない人はまずいない。デルカダールの英雄グレイグ……彼はそう呼ばれている。英雄の名に相応しく、かのユグノア事件では取り残されていた我が国の王を救い出し、戦場に出て屠った魔物の数はとても数え切れない。将軍でもある彼は、民への心遣いも忘れず、この間は足の悪いご老人を抱えて目的地まで一緒に向かったとか。グレイグの心優しさは、私も身に染みて感じている。幼少期、メイドとしての教育を受けている最中に王さまが大切にしていた高価な花瓶を誤って割ってしまい、大泣きして座り込む私と一緒に王さまに謝りに行ってくれたり、自分も仕事と鍛錬を抱える中、私が重い荷物の運び出しをしていると「任せろ、こういう力仕事は得意でな」と言って代わり運んでくれたり。彼に助けてもらった事を挙げるとキリがない。

「ふふ。では、レナさんはグレイグの事を好いていらっしゃるのですね!」

「う、うん。なんかそうやって面と向かって言われると照れ臭いんだけど。そういうことだよ。だから呼んだの、まあ私個人が気になってたのもあるけどね。こうやって、ゆっくり話してみたかったんだ」

「まあ、そう仰っていただけるのは光栄ですわ。大して面白い話はできないのですが」

「あはは、大丈夫だよ。恋バナって何聞いてても楽しいし面白いから!それじゃ~早速聞かせてもらおうかな……。我が国が誇る軍師さまの話」

 彼女はそう言うとにんまりと笑う。あぁこの顔はホメロスが何か自分にとって都合のいい事を思いついた時の顔と一緒ね。さすが血縁、なんて思いながら、何を話そうか……と考える。彼にまつわる話は湯水のように溢れてくるくらいにはあるのだが、果たしてその中の、どういった話が恋バナとなるのかはわからなかった。なぜならそういった話を周りの人に話したことがないからだ。城のメイド達の話を聞いたくらいの経験しかない。頭を悩ませていると、じれったくなったのか彼女は「じゃあ私から話す!」と言い出した。

「ごめんなさいね、こういう経験がなかなかないものだから……」

「いいよいいよ!こういうのは言いだしっぺからするものだったね。―――じゃ、いくよ」

 少し頬を赤くしながら彼女は続ける。

「あのね、この間王さまの命でグレイグ隊のみんなと遠征に行ったんだけど。結構な数の魔物に襲われた時があってさ」

「まぁ……」

「そこら辺の魔物なんかに手こずる程、私は弱くない。自信だってある―――だけど、やっぱり数が多いと討ち漏らすこともあるわけ。その討ち漏らした魔物が背後から襲ってきてね、流石に避けきれないから受け身を取ろうと振り向いた時に……グレイグの大剣が目の前を遮ったの」

 その日の出来事を懐かしむように、言葉を選びながらぽつりぽつりと彼女は呟く。表情はどこか悲し気で、きっと責任感の強いレナのことだ、「またこの人に守られてしまったな」なんて思っていることだろう。彼女は騎士。性格も男勝りゆえに、守ることに慣れていても、守られることには慣れていない。また、グレイグの事を考えると、確かに彼は常人よりも背負っているものが重く大きい故に、その荷物になるようでは、という思考にレナが至ってしまうのは想像に易かった。案の定、私が彼女の話を聞いて思ったことをそのまま彼女はなぞるように話した。

「―――また守られちゃったな、って。さすが英雄さまだよね。自分だって敵に囲まれているのに、構わずこちらを庇って剣を振るうんだよ?本当にかっこよくて思わず見惚れた……んだけど、」

「グレイグの、お荷物になったのでは……と思ってしまった。違いますか?」

「……!あれ、お見通しだった?」

「ふふ。表情を見ていればわかりますわ。それに、私も同じことで悩んでいましたから」

 婦長さんも?と彼女は目をきょとんとさせる。
 私が感じた事と、レナが感じたことは全く同じではないだろう。しかし似たような憂いは幾度となく感じてきた。決まってそれはホメロスが遠征に出かけていき、傷ついて帰ってきた時だ。怪我の程度問わず、いつも彼が傷ついて帰って来るのを見ては「あぁ、私はこの人に守られてばかりで何もしてあげられない」と感じていた。医療と回復魔法には心得があるため、彼の傷を治すことは容易い。だがそれだけで本当にいいのだろうか?彼は軍師であり、将軍であり、騎士なのだからそうして民を守るべく負った傷は全て"名誉の負傷"として片づけていいのだろうか?否、違う。仕事とはいえ、彼がこうして傷ついている中で、私はただ守られて、安全な城の中で何不自由なく生活しているのだ。

「私はメイドですし戦えませんから、戦場に赴けば彼らの足手纏いになります。けれども、"私も彼の隣で、せめて負った傷は全てすぐにでも治せたなら"と……。ただ守られて、彼に背負われて生きていくなんて、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、顔向けできませんわ」

 そう心では思っていても、何もできないのが現状である。帰ってきた彼に、回復魔法と治療を施して、心配と労いの言葉をかけるだけが、私に出来る唯一のことだった。

「確かに、民の期待を背負って戦場や魔物討伐に向かうホメロスの後ろ姿はとても勇敢で、我が国の騎士たちを指揮する姿は聡明で、誰よりも美しく素敵だと思っています。けれども、やっぱり……考えずにはいられないのです。私は果たして彼に何かを返せているのか、と」

「な~んだ、婦長さんも私も考えていること一緒だね。……そうなんだよねぇ、お荷物なんじゃないかとか、あっちからはたくさん貰っているのに、私たちは何も返せていないんじゃないかって思っちゃうんだよね」

「ふふ、本当に。あぁでも何だか少し安心しました!現状に違和感を覚えているのが、私だけでなかったこと……。そうですよね、やっぱりただ利益だけを賜るって、異常ですもの。―――話、脱線しちゃいましたね。もう少し明るい話をしましょうか」

 そうだねぇ、とレナは苦笑する。さて、明るい話とはいえ、きっと話し込むとまたこのような雰囲気になりそうな気がするので、そうならないような話題を選ばなければならない。となると、一般的には物をもらったとか、こういう仕草がいいとか、そういった話になってくるのだろうか。確か城のメイドたちも似たような会話をしていたかもしれない。
 その時ふと、私は今日首にかけていたネックレスのことを思い出した。今身に着けているネックレスはホメロスから貰ったものだ。この間ソルティコの町に出ていたホメロスが「土産だ」といって渡してきた。白く綺麗な、小ぶりの箱を開けると、中にはももいろサンゴを使用した美しいネックレスが入っていたのだ。金色のチェーンにももいろサンゴを通し、左右には小さなダイアモンドが散りばめられており、シンプルながらも上品さを漂わせるそれはすぐにお気に入りのアクセサリーになった。何より気に入っているのは、メイド服の下につけても違和感がなく、普段使いがしやすいことだ。

「レナさん、見ていただきたいものがあるんですよ」

 私はそう言って、手を首の後ろに回す。そのまま金具を外して、ネックレスをテーブルの上に置いた。

「なあに、これ。あ、ももいろサンゴついてる!いいじゃん、可愛いね」

「ふふ、そうでしょう?……ホメロスから頂いたんです。普段使いもできますし、最近はずっとこのネックレスをつけていて―――あ、ホメロスには秘密にしていてくださいね」

「わかってるわかってる。……ん?」

 何か思うことがあったのか、レナは私が置いたネックレスをまじまじと見つめた後、にやり、と口角をあげた。何かを理解したような顔でネックレスを見つめている。どうしたのか聞くと、本当に聞きたいの?と返され、数秒の間をおいたあと、はっきりとレナは告げた。

「それ―――魅了耐性ついてるよ。しかもだいぶガチのやつ」

 魅了。―――この世には、人の心を惹きつけてやまないものが数多く存在する。それは景色であったり、物であったり、対象は様々だ。壮大な自然に魅了される者、誰かが創った物語に魅了される者……そして、中には思わず息をのむ程に美しい女や、かっこいい男に魅了されてやまない者もいる。また、中には魔物が人の心を弄ぶかのようにあの手この手で強制的に魅了させ、行動不能になったところを襲うこともあるそうだ。それに耐性があるということは、端的に言って簡単には心を揺さぶられることがなくなる―――即ち、何かに対して心を奪われにくくなるということ。
 このネックレスのように、何かしらに対し耐性のあるアクセサリーは、魔物と戦う可能性のある旅人や商人が魅了攻撃を受けてもそれに耐えられるようにと作られた代物である。だが、私は冒険者でも商人でもないし、魔物と戦う可能性もほぼないに等しい。それなのにも関わらず、ホメロスは私に魅了耐性が付与されたネックレスを贈った。……つまり。

「えっ……と、それって」

「ふ~ん、やっぱりそういうことなんじゃない?随分回りくどいことするね、あの人」

「自惚れても、いいのでしょうか……!?あぁどうしましょう……ふふ」

 嬉しさのあまり、どうしても口元が緩んでしまう。一方通行だろうなと思っていた恋心だったが、ひょっとしたら、ひょっとするのかもしれない。あのホメロスが私を?もし本当にそうだとしたら、幸せのあまり倒れてしまう。城の外へ一歩出れば、すぐさま街を歩く婦人たちの目を奪って離さない彼が。国内外問わず、婦女子たちから数多くのアプローチを受けては全て断り、見向きもしなかった彼が―――幼馴染であるとはいえ一介のメイドである私などを気にかけているのだろうか。たとえ一時の気まぐれであっても、こんなに嬉しいことはない。だって、ずっと想っていたから。思春期に差し掛かる少し前から、私はずっとホメロスを好いていた。初めは友愛だったが、ある時を境にそれは特別な感情に変化した。きっかけは本当に些細なことだったが、それが数年も続くのだから不思議だ。今にでも踊ってしまいそうな程に私の気持ちは浮ついていた。

「あーあ、いいなぁプレゼント。やっぱり形に残る物を貰えるのはいいよね」

「そうですねぇ、ふふ。このネックレスはこれからも大切に使うことにします!」

 テーブルに置いたネックレスを再度つけ直す。まさか魅了耐性がついているとは思わなかったが、そう言われてみると心なしか気持ちが落ち着くような気がした。

「レナさんは、グレイグから何か頂いた経験はないのですか?」

「うーん、そうだね。形として残らないものならいっぱいもらってるよ、両手じゃ抱えきれないくらいにはね。でもそうだなー、アクセサリーとかそういうものはないかも……」

「グレイグも不器用なところがありますものね」

 まあね、とレナは頷く。けれども、グレイグは甲斐性なしではない。確かに同じ年代の男と比べると、彼は少し真面目すぎるきらいがある故に堅い男だが潔さはしっかり持ち合わせている。最近のグレイグの様子を思い返すと、レナに対してどこかよそよそしい態度を取ることが多い気がする。こちらもこちらで、あと一歩踏み出すことができればきっと良い関係を築けるのではないかと思っていた。

「―――あ、そういえば」

 この間グレイグに花束貰ったんだ、とレナが言う。「どんな?」と問うと、黄色系統で纏められたブーケだよ、と返答がくる。

「まあ素敵」

「でもなんで黄色だったんだろ。普通なら赤とか、ピンクとかなんじゃない?」

 なんと。彼女は気づいていないのか、彼女の持つ髪や瞳を表現するにもってこいな色が黄色だということに。実際には黄色というより金髪と琥珀色の瞳ではあるが、自然に咲く花にそのような色は存在しない。きっとグレイグは、店先にあったその黄色の花をみて真っ先にレナを思い出すくらいにはレナに気があるのだろう。普通、店先に展示されている花の色を見てあれこれ想像する人はまずいない。それだけ彼がレナのことを考えていた証拠だ。微笑ましいことこの上ない。

「ふふっ、レナさんたら、お気づきになられないのですか?」

「え、何が?」

「グレイグが黄色のブーケをレナさんに贈った理由です。それは間違いなく、」

 貴女を想っているからに違いありません、と言葉にしようとしたその時だった。

二編予定です。

Back