結論はとうに出ている(鈴音さん宅)

 がら、と大きな音を立ててドアが開いた。ぼうっとしていたのもあり、びくりと肩を揺らす。ドアの方を見ると、見慣れた顔の幼馴染がそこに立っていた。

「――あれ、敬人だけ?」

「見ればわかるだろう」

 何よその言い方!と頬を膨らませながら彼女――月穂は俺の近くに腰を下ろした。彼女がここに来た目的は聞かずとも彼女の星を落としたかのように輝いている瞳を見れば分かる。どうせ俺と同じ人物を待っているのだろう。俺が生徒会の仕事を後輩に任せてわざわざここに出向いた理由は、今度行う予定の、紅月のライブ方針をそいつに相談する為だ。けれども月穂は違う。大した用事もない癖に、熱心なことだ。その目的に呆れるところはあれど、そこまで熱心に想える奴が居るという事は、別段悪いことではない。ただそのせいで迷惑をかけられている事については、癇に障るところがあるのだが。
 特に何かを話すこともなく、二人黙って座っていると、彼女の方から声をかけてきた。

「あのさ、敬人って好きな人居ないの?」

「は!?」

 何を言われるのかと思えば。突拍子のない質問に思わず声が裏返った。それが変にツボに入ったのか、ぷ、と噴き出しながら月穂は再度同じ質問を繰り返す。

「だから、私にとっての、先輩みたいな!こう、一緒にいると幸せな気持ちになったり、自然とその人の姿を思い浮かべちゃったり、色々あるじゃん?いつも私の話聞いてくれるから、たまには私も敬人の話聞いてあげようかなって!」

「期待を裏切るようで悪いが、俺にそのような奴は居らん。必要ない。……今は」

 本当に~?とこちらを疑う月穂を軽くあしらいながら俺はふと窓の外に視線を向けた。
 ――私にとっての先輩みたいな。月穂の声が脳内で反響する。「いない」という言葉に嘘偽りはない。俺はこの学院を変えるために奔走してきたし、卒業するまでそれは今まで傷をつけ、俺が……俺たちが折ってきたアイドルになれたかもしれない者たちへの、せめてもの償いとしてやるべき事だと自負している。だから、いわゆる青春やら恋愛やらに現を抜かしている暇はない。卒業までそこまで時間が残っているわけではないのだから、例え想い人がいたとしても構う時間もないのだ。……けれど。そう思っていても、消すことのできない思いがある事も事実だった。脳裏にちらつくあれの姿を払拭するかのように俺は未だにああだこうだと騒ぎ立てる月穂に語りかける。

「うるさいぞ月穂。だいたい聞いてどうする?貴様には関係――」

 ない、と言い切る前に、またドアが開く音がした。月穂があからさまに声のトーンをあげたせいで、振り向かずともその正体を察する。

「き、きっ、鬼龍先輩!お待ちしてました!!」

「おう、月穂の嬢ちゃん。今日も相変わらず元気だな。……と、蓮巳の旦那、すまねぇ。待たせちまって」

「いや。気にするな。お前も忙しいだろうに、急にすまない」

 ある程度言葉を交わしながら、鬼龍が俺の前に腰かける。すると月穂はすくりと立ち上がり、何やら学生カバンの方に向かってごそごそやったかと思うとそのまま俺の近くではなく鬼龍の傍へ腰かけた。恐らく鬼龍の傍に座りたかったのだろう、妙な小細工まで仕込んで、本当にこいつは鬼龍の事が大好きなのだな……と呆れを通り越して逆に感心してしまう。鬼龍はというと、そこまで鈍感でもないのか近づいた月穂の頭を撫でながら「どうした、嬢ちゃん?」と優し気な笑みを浮かべている。一方の月穂はというと、秋の紅葉かと言いたくなるほどに頬を紅潮させ口をぱくぱくさせながら俯いていた。以前の俺であればこの光景に一言苦言を漏らしていたところだが、変に慣れてしまったせいで特に何も告げることなくその一連の様子を眺める。
 俺には見せることがないだろう、というくらいに屈託のない笑顔を月穂に見せる鬼龍。俺が同じことをすれば「子ども扱いするな」と怒る癖に、その相手が鬼龍となると頬を赤らめて大人しくしている月穂。俺から見てもこの二人が相思相愛であることなんて一目瞭然だ。

 以前鬼龍がふと「旦那に大切な奴はいるのか」と零していたことを思い出す。その時は特に考えもせず「英智や紅月……お前たちだ」と答えた気がするが、今考えるとそういう意味ではなかったのだろう。つまり鬼龍も先程の月穂ように”恋愛的な意味で”大切な奴がいるのかと聞きたかったはずだ。その時から鬼龍は月穂の事をそういった意味で好いていて、悩んでいたのだろう。けれども、結論などとうに出ている。その決定的な証拠が、この二人の様子。俺がいる事も忘れて、二人であれこれと語っている様子を眺めつつ再度月穂が言った言葉について考えた。――否、本当は考える必要なんてないのだ。結論が出ているのは、俺だって同じなのだから。

 ふ、と自嘲気味な笑みを浮かべながら俺は「いつまで茶番を続けているんだ?」と幸せそうな雰囲気の二人に声をかけた。

鈴音さんから頂いた小説のお返しに。ダブルミーニングだったり。

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