月と蚕(中耳炎さん宅)

「大尉殿~!只今戻りましたぞ~!!」

 聖堂の重たい扉が開く。ぎい、と普段ならば軋むような音を立てて開くはずのそれが、今日はバタンと音を立てて開いたものだから思わず顔をしかめた。現れたのは長い髪を三つ編みに結った少女。笑顔でバタバタと駆け寄る先には豪勢な椅子に腰かけた我らが主―――甘粕正彦。

「はあぁ……大尉殿……!今日も相変わらず麗しゅうお姿でありますなぁ!ふふ、うふふ……はっ!」

 何かを思い出したかのように声を上げたその少女は即座にこちらを振り向いた。つい先ほどまでデレデレと随分情けない面を晒していたというのに、今ではその面影もなくどこか不満げだ。できれば極力関わりたくないのだが、こうも向かってこられては避けられるはずもなく。

「……何」

「釣れないでありますなぁ~弥生殿ぉ!せっかく、かの盧生の器にできうる限り災いの種を撒いてきてあげたというのに!」

「頼んでない……し、興味もない。どうでもいいって言ってるの、わかる?」

 あからさまに嫌悪感を醸し出して返した言葉も気に留めず、にゃはは、と笑って躱されるのだから相当タチが悪い。彼女から言わせると如何やら私からは「魔王の香りがする」らしく変に懐かれてしまっている。全くもって煩わしい。
 こちらに向けられた興味も、彼女が主に向ける感情もすべて馬鹿馬鹿しいし、気持ちが悪い。同じ眷属として慕っているというが、仲間なんて所詮は他人の集合体。そんな私の心のうちを知ってか知らずか、彼女はまたにんまりと笑った。

蚕ちゃんも"知っている"側の人間、弥生の考えを聞いたらそりゃ笑いますよね。

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