昼間は騒々しいこの部屋も、夜になると打って変わって、外の葉の落ちる音が聞こえるほどだ。それをかき消すかのように、キーボードを打つ音が延々と続く。
時々、気だるそうにため息をつきながらスクリーンとにらめっこをする男を見ながら彼女が口を開く。
「まだ終わらないわけ?いい加減寝ないと、お肌に悪いのだけれど」
「待っていろなんて言った覚えはないぞ」
キーボードを打ちながら、少し強い口調で男は答える。そこに確かな苛立ちを交えつつ、椅子を引いて立ち上がり、何処へ行くのかと思いきや彼女の隣に腰をおろす。
「誰か手伝ってくれればもう少しオレの負担も減るんだがな」
「プロシュートにでも頼めばいいじゃない、側近でしょ?アンタの」
「あいつは飽きっぽいからダメだ」
よほど疲れていたようで、少しの沈黙のあと規則正しい寝息が彼女の耳をくすぐる。寝落ちてしまった、愛しい人の寝顔を見つつ、せっかくイイ顔しているのに目下の隈のおかげで台無しね、と彼女は心の中で呟いた。
「アンタね、何でも一人で抱えすぎなのよ」
どうせ聞こえていないのだろうと、日頃溜まった鬱憤を晴らすかのように彼女は一人語り始める。
「みんな心配してるのよ、知ってるんだから。アンタがいつも夜遅くまでパソコンとにらめっこしているの」
「そんな生活ばかりしてたら、本業でヘマするわよ。それとも失敗したことないから、慢心しているのかしら」
今なら私でも殺せそうよ、と寝入っている彼を見ながら、うんざりした顔で語りかける。
「……何の為に私がこんな時間まで起きてたと思ってんのよ」
彼が、たしかに眠りについたのを確認した彼女は静かに立ち上がる。自室へ向かおうと歩もうとした時、寝ていたはずの彼の腕が彼女の腕をつかむ。
「此処に居てくれ」
「……は?」
ぐ、と思い切り腕を引かれ、抗えずバランスを崩す。彼の腕の中へおさまる形で、そのまま拘束される。思わぬ展開にさすがの彼女も驚いた。
「えっ!?」
「悪かったな、心配をかけて。アイツらにも、お前にも」
「なに、狸寝入りだったの?」
「どうだろうな」
彼女を腕の中に抱きつつ、先ほどの苛立った声色とは程遠い、優しく落ち着いた声で彼女の名前を呟く。返事をしようとした彼女の口は、彼の唇で遮られた。
うそつき(リゾット・ネエロ)
リーダーって寝てる時にも周りの音が聞こえてそうですよね(偏見)