私の知らない貴方(ゲーム版青鬼:ヒロシ)

 どくり、どくりと心臓の音がロッカーに響き渡る。はぁ、と短く息を吐きながら早まっている心臓の鼓動をどうにか少しでも抑えようと必死に呼吸を繰り返す。どうしてこうなったのだろう。私たちはただ、森の中にある洋館に肝試しに来ただけだったのに。本当にそれだけだったのに、まさかこんなことになるだなんて、一体誰が想像しただろう。

 事の発端は、友人のタケシが「肝試しに行こう」といつもの仲良しグループに声をかけたのが始まりだった。グループは私を入れて五人。男前でリーダー気質のある卓郎、気が強く少し生意気なところがある美香、臆病だが心優しいタケシ、いつも冷静で頭脳明晰なヒロシに、この私、。肝試しなんて馬鹿らしいと思ったし、正直に言うと怖いのもあって皆についていくつもりは全くなかった。一度は断ったものの、美香が「お願い!!仲良しグループとはいえ女の子がいないとちょっとね……!」なんていうものだから、仕方なくついてきたのだ。どうせ卓郎と二人きりになりたいとか、そんな事だろうとは思ったけれど。
 ――でも、それが間違いだった。何と言われようとついてくるんじゃなかったと今は思う。あんな、あんな化け物に追いかけられた今は。

「は、はぁっ……ちょっと何、アイツ……!どういう事!?」

「俺に聞かれても……。まぁ、友好的な生き物ではないってことは確かですね」

「そんなこと私だってわかってる!!」

「シッ!……あまり騒がないでください。見つかりますよ」

 ひゅ、と喉の奥が鳴る。大丈夫ですから、と目の前のヒロシは何とか私を落ち着かせようと優しく声をかけてくれている。しかし、どんな事も冷静に対処するヒロシですら額に冷や汗を垂らす始末。それもそうだ、明らかに敵意むき出しでこちらを襲ってくる青い化け物に追いかけられた後なのだから。

 ――少し状況を整理する。洋館に入った後、何故か玄関の鍵が開かなくなり、ヒロシが席を外したあと私たち四人は青い化け物に遭遇し、それぞれ散り散りになって逃げた。その後、私と美香が隠れていた子供部屋にヒロシが入ってきたのだ。ヒロシは美香も一緒に、と誘ったが「絶対に嫌!卓郎ならまだしも……」と譲らず、私とヒロシが一緒に行動する事になった。もちろん動き回るのは怖いし、美香のことは気掛かりだったが、何もせずに襲われる恐怖に怯えながら待っているよりも誰かと協力して出口を探す方が早くここから出られると思ったのだ。
 そうして洋館をヒロシと探索している途中でまた青い化け物に追いかけられ、急いで逃げた先にあったロッカーの中に身をひそめ、今に至る。

「うぅ……ホント最悪……」

「気持ちはわかりますが、嘆くのは後にしましょう。卓郎も何処に行ったのやら」

「……こんな状況なのに、嫌味なほど冷静ねアンタ」

「こんな状況だからでしょう。とはいえ、これでも多少は焦っていますが」

 涼しい顔をして、ヒロシはそう返す。半分本当で、半分は嘘なのだろうな、と思った。ヒロシだって、きっと私と同じ気持ちだろう。今すぐ叫びたいし、こんな所、早く抜け出したいはずだ。でも、それをしないのは……多分、私を思ってのことだと確信している。自惚れでも何でもない、こんな時ですらヒロシは他人を気にかけて行動できる人だということを私は知っている。
 ――なんだそれ。いつも勉強することくらいしか能がないと思って馬鹿にしていたのに。勉強ができて、運動もまあそこそこにできるやつではあったし、休み時間は本ばかり読んでいて空気の薄いやつとからかったこともあったけど……。

 ――ヒロシって、こんなに頼りになる男だったけ?

 どくん。落ち着いていた鼓動が先程とは違う意味で高鳴っていく。そんな状況じゃないことは理解しているのだが。ふ、と顔を上げると眉を下げて心配そうな面持ちでこちらを見ていたヒロシと目が合う。

「……な、何見てんのよ」

「いえ。――そろそろあの化け物も部屋を出ましたかね。俺たちも一度出ましょうか、いつまでも隠れているわけにもいきませんし」

「え、えぇ……。そうね」

「あ、待ってください。一応確認しますから」

 そう言うとヒロシは、一度薄っすらとロッカーの扉を開けて周囲を見渡す。「よし」と一言発するとそのままロッカーから飛び出した。そのあとに続いて、私もロッカーを出る。窮屈だったロッカーの中から解放され、ぐぐ、と背伸びをする。

「で、これからどうするの。さっきの場所まで戻る?」

「そうですね、とりあえずは。……はどうします?危険だし、隠れていてもいいんですよ」

「馬鹿言わないでよ、こんな化け物屋敷一人でいるほうが危ないじゃない。一緒に行く。」

「そうですか」

「なに、私じゃ不満?」

 まあそうよね……私とアンタ、特別に仲がいいわけでもないし、と心の中で悪態をつく。先程述べた通り、私はヒロシをよく馬鹿にしてからかっていたし、ヒロシもヒロシで私のことを「女の子なんですから、もう少し大人しくしたらどうですか」とかなんとか言っていた。それに腹が立って色々言い返したりしてはよく卓郎に止められたものだ。そんな、今までの日常がとても恋しい。思わずハァ、と短くため息をつく。すると、今まで考え事をしていたヒロシがふいに声を発した。

「――正直不安だったんですよね。一人で探索するのは」

「え?」

「初めにタケシを見つけて、次に美香とを見つけたんですが……タケシも美香も震えるばかりで。こんな状況ですし、仕方ないとは思いますが。だから、……君がついてきてくれて、安心しました。ありがとう」

 そう言ってヒロシは、ふ、とほほ笑んだ。付き合いは長い方だが、それでも今まで見たことがない微笑みだった。あぁ、そういう笑い方できたんだ、と率直に感じた。それと同時に、また心臓が音を上げて鳴り始める。
 ――なにその笑い方、反則でしょ。
 そんな甘酸っぱい感情を抱いている場合ではないのに、先程からどうにも意識してしまって自分ではどうしようもなかった。ぼうっと立ち尽くしていると、ふいにヒロシがぐい、と私の手を引いた。

「うわっ、なに!?」

「呆けていたので。行きますよ、早く卓郎とも合流しなければ……一刻も早くここを出たいでしょう、

「そ、そりゃそうだけど。……ちょっと意外だなって」

「何がです?」

 ――アンタ、勉強するしか能がないと思ってたけど意外と頼りになるのね。
 さすがに目を見て言うのはこそばゆかったので、そっと目をそらして、なるべく早口で呟いた。それを聞いたヒロシがどんな顔をしていたのかは分からない。でも、そう言ったあとに聞いたヒロシの「そうですか」という返事はどこか動揺しているような、聞いたことのない声だった。
 ……ここに来てよかった、だなんて絶対に思わないし、これから自分たちがどんな目に合うのかもわからない。けれども、ヒロシの新たな一面を知ることができたことに関しては良かったなと思う。――早くここを出よう。次は、もっと平和な日常の中で、ヒロシの知らない一面を見つけたい。そう決心して、私はヒロシの後に続いて一歩、足を踏み出した。

青鬼のヒロシにどハマりしてからの私の行動は早かった。ノベルも全部揃えてます。

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