仲良しの条件(ノコレッド)


 青い空、白い雲。―――窓から見える景色はいつも変わらず、ああ、今日も朝が来たのか、と重い身体をは起こした。テレサという種族ゆえか、朝日にはめっぽう弱い。俗に言う"幽霊"といったもので、だからどちらかと言えば彼女は朝よりも夜の方が好きだ。静かだし、強すぎる日の光もなければ、そう、起き抜け一番家の近くでああだこうだと言い合う声も聞こえないのだから。

「だあぁっ!だから違うって言ってるでしょ!?」

 このキンキンと頭に響くような金切り声を挙げるのは、ピンキーだ。それに続いて、爽やかさを感じさせるものの、これまたピンキーに負けないくらいの大きな声で叫ぶ者がいる。

「うるさいッスよ!こっちこそ何回も言ってるじゃないッスか!!」

 特徴的なこの口調、間違いない。カメキだ。

「―――お前らなぁ、いい加減落ち着けよ」

 二人を宥めつつ、どこか諦めたような、気だるげに声を出したのはきっとレッドだろう。

 ……ハァ、とため息をつきつつ、そっと窓を開けるとカメキとピンキーが般若と同じ顔で互いに睨みあっているのが見えた。もうこれは暫く治まりそうにないと感じつつも、家の近くで、しかも早朝から喧嘩をされてはもたまったもんじゃない。この喧騒の中、二度寝などできるはずもなく身体に鞭打ってゆっくりと起き上がった。軽く身なりを整え、寝間着から普段愛用しているブラウスとロングスカートを身に着けて外に出る。
 がちゃり、と確かな音をたてて開くドア。それに釣られて喧嘩をしていたふたりが同じタイミングでこちらを振り向くも、すぐさま互いに向き合い言い合いをする始末。飽きないよなぁ、この二人も……なんて呆れながらは同じように疲れた顔をしているレッドの方に歩みを進めた。

「おはようレッド。今日も相変わらず、みんな元気ね」

「おはよう、。まぁな……騒がしいくらいだが」

「で、今日の喧嘩の理由は何?カメキがピンキーのお菓子でも食べた?それともピンキーがカメキのコレクションでも壊したのかしら」

「ご名答。けれど今回はどちらも"犯人は自分じゃない"と言い張ってる」

 面倒くさいこと極まりないわね、とは言う。この二人が喧嘩をするのは今に始まった事ではないし、大抵その内容はくだらない事ばかりだった。けれど今回は少し毛色が違うようだ。レッドにどうして現在のようになってしまったのか、事の経緯を詳細に聞く。
 まず、発端となったのはピンキーの「あんたのせいね!?」という一言だったらしい。ピンキーのリュックに入れていたはずのお気に入りのお菓子がきれいさっぱりなくなっていて、当時その場所にいたのがカメキだけだったというので、ピンキーの怒りは必然的にカメキに向いた。けれどカメキは身に覚えがないらしいのだ。初めは何故ピンキーが怒っているのかわからず右往左往するカメキだったが、次第に自分がやった事ではないもので理不尽に怒られている事に気付き、言い返し始めたところでレッドが仲裁に入り、一度は大人しくなったらしい。
 けれど、その時に二つ目の事件が発生する。カメキの考古学に関するコレクションの一つがカバンの中で粉々になっていたそうだ。先ほどまで理不尽に怒られていたカメキは、そのままの勢いでピンキーに「ピンキーのせいッスね!?」と言い出し……あとはご覧の通りだ。

「ふぅん……。確かに変ね。お菓子はまぁ……ネズミの仕業とかもありうるけど、カメキのコレクションはどうなんだろう?」

「さぁ……?悪戯なんじゃないのか。価値があるものだから、悪戯にしてはやりすぎだと思うんだが。俺にもわからない」

 不可解な点があるものの、いつまでも口喧嘩を聞いているといい加減こちらもうんざりとしてくるので、はぱんぱんと両手を叩きながら二人の間に割って入った。

「はいはい、二人ともそこまで!朝から喧嘩しないの!!」

「だってカメキが……」

「ピンキーが先にいちゃもんつけてきたッスよ!?」

「何よ!」

「こら!言ってる傍からやめなさい!!」

 カメキをレッドに任せ、はピンキーをずるずると引きずりながら少し開けた場所へ移動する。
 村のはずれ、そよそよと流れる小川の音が心地よい。ピンキーは未だに不服そうだが、いくらか冷静に話が出来そうだ。長年の付き合いなこともあって、ピンキーはに対して相応の信頼を寄せている。話ができなければそれ相応の対応をしようとしていただったが、気にする必要はなかったらしい。

「―――どう、少しは落ち着いた?」

「えぇ……。いつも悪いわね、どうしても頭に血が上っちゃうと、アタイ止まんなくなっちゃうからさ」

「いいわよ今更。慣れてるし。……で、今回はどうなのよ。結局やったのがカメキじゃない事は分かってるんでしょ?あんたたちを仲違いさせて誰にメリットがあるんだろう?」

 軽く唸りながら、ピンキーとは互いに顔を見合わせて考える。けれども、全く見当が付かなかった。カメキとピンキーは、互いにこのノコノコ村の住民であり、歳が近い友人である。別段、この二人が揃って事件を解決したとか、手を組んで何かをしただとか、特定の誰かから恨みを買うようなことは一切していない。ともすれば、単なる偶然だったのか、レッドが言っていたように悪戯なのか。いくら考えても答えは出てこない。二人は考えることをやめて、誰もいないのをいい事に草原へ寝そべって空を見上げた。

「はぁ~、もうあれだけ言う事言ったらどうでもよくなっちゃったわ。あとで謝っておかないとね~」

「本当にね。とりあえず喧嘩してもいいけど、人の家の近くで言い合うのだけはやめてくれる?私が朝弱いの知ってるでしょ」

「でもそのおかげで早起き出来たじゃない。……それに、レッドとも話せたでしょ?」

「……ちょっと、なんでそこでレッドが出てくるのよ」

 聞き捨てならない、といった様子でが起き上がる。勢いでピンキーを見下ろすと、あら、顔が真っ赤ね~なんてへらへらするものだから腹が立つ。

「別にレッドとは何もないってば!あっちが、その……なんかやたらこう……」

「ふふ、アタイ別に"何かある"なんて言ってないわよ」

「なぁっ……!ピンキー!!からかわないでよっ!」

 もう、とは頬を膨らませる。ピンキーがそれを見てけらけらと笑う。がレッドの事を気にかけているのは、誰の目から見ても明白だった。それこそ、こういった色話に疎いカメキでさえ「あの二人、いい感じッスよね」と零すくらいには。村の若者たちもの事を気に入っており、何人かに想いを向けられてはいるものの、レッドの視線が痛いからと何もできずにいる。だというのに、当の本人はこれなのだ。

 ―――は、レッドという一人の男に対して、確かに好意を向けている。

 それは紛れもない事実だし、自分も理解しているつもりだ。ただ、それとは別に、彼はもっと自分よりもいい人がいるのだろうと思うときがある。村の四兄弟の長男、少し抜けてはいるがしっかり者で、弟想いの好青年。はそんな印象をレッドに抱いている。このノコノコ村を気に入って、住むことを決意した裏には、彼の存在なしでは語れない。

 自分は何を隠そう、ノコノコ族の人間ではないのだ。正直言って、気に入ったからとはいえ村に馴染めるかは別の問題で、不安もいっぱいだった。セバスチャンもその点を未だに気にしており、時折「早く屋敷にお戻りになってはどうでしょうか。お嬢様も会いたがっていますよ」など手紙を寄越すほどだ。テレサ族である自分は、果たして皆に受け入れてもらえるのだろうか、という不安はいつまで経っても拭えなかった。
 ノコノコ族は、他の種族に比べれば人当たりもよく、温厚な者が多い。だが、その分臆病な部分もあり、まさにテレサ族は彼らにとって脅威と言っても過言ではないのだ。実際、テレサ族特有の力を彼らは恐れており、が透きとおりを使おうものなら数メートル離れたところに逃げてしまう。平和なこの村で使う機会などほぼないが、時折能力を使ってやらねば、精度が落ちてしまうのだ。悪戯好きのチョロボン族や、パックンフラワーなどの危険な植物が蔓延る迷いの森から、レサレサの屋敷へ戻る際には必須の能力なので、どうしても精度を落とさない為には使わざるをえない。
 もう一つ、外せない理由がある。テレサ族の本分の事だ。
 らテレサ族は、臆病な者に惹かれる傾向にある。はそれほどその性質が強く出るタイプではなかったが、それでもテレサ族、気持ちが暴走してしまう事が度々あった。しかし、その度に「やめろ」だの「怖い」だの言われれば、テレサ族として喜びはするものの、好いた者から嫌われる事に対しては酷く傷つくのだ。自身の気持ちを伝えたいだけなのに。好いた者の驚く姿は彼女らテレサ族にとって最高のご褒美のようなもの。他の種族に異様だと嫌煙されるこの本分が、自身を苦しめていた。

 その日も欲を抑えきれず、は道行く一人の男を捕まえて盛大に驚かせてしまったことがある。やってしまった、という感覚と、抑えていた欲が解放されて清々しい気持ちがごちゃ混ぜになり、どうすればいいか頭が真っ白になったにその男は言った。

 "―――いい刺激になった。"

 たった一言、けれどもにとってその一言は救いの言葉になった。その言葉を発したのが、レッドなのだ。生まれて初めて、自分を受け入れられたような気がした。それからは、正式にノコノコ村へ移住することを決意し、今に至る。事実、このノコノコ村では驚かれることはあるにせよ、罵倒されたり、嫌な目で見られることはなく、は今の生活にとても満足していた。
 だから、にはレッドに感謝してもしきれない程の恩があるし、誰よりも幸せになってほしいと願う相手なのだ。自分ではなく、同じ種族で、レッドの事だけではなく彼らの兄弟に対してもしっかりと向き合ってくれるような、そんな相手と。

「からかってなんかいないわよ。ま、何だろうね……。が色々気にするほど、レッドは案外、何も気にしてないと思うけど?」

「そういう事じゃなくて……!だ、だってほら、私たち種族も違うし……。そ、それに……異種族じゃ跡継ぎとかも……」

「え、なにアタイちょっとあんたがそこまで考えてるとは思わなかったんだけど!?」

「え!?普通そこまで考えるものじゃないの!!?」

「あんたどこまで箱入りなのよ!そこまで考えてるならむしろもう―――」

 と、二人で言い合いが始まりかけたその時だった。

「……うわ、やめてくれよ今度はお前らが喧嘩か?」

 呆れたような顔で、それでもいつもの光景にどこか安心しているような、たくさんの感情が籠った面持ちで、レッドがそこに立っていた。カメキの姿はなく、何となく話が終わり、とピンキーを呼び戻しにきたところなのだろう。けれど、あまりにもタイミングが悪かった。ピンキーは「なんで今来ちゃうのかな」と呆れた目をレッドに向ける。は先ほどまでの会話を聞かれてはいないかに必死で、何も考えられなくなっていた。ピンキーと二人きりという状況のせいで、きっと自分は余計なことまで口走っていたに違いない。レッドは何も状況を掴めていない様子だが、今のにはそこまで気を回せる余裕はなかった。

「……はぁ。そんなわけないでしょ。世間話してただけ」

「取っ組み合いをしてかぁ……?」

「それは~……、あぁもう!いいでしょ何だって!!アタイお腹空いたし、もう行くね。じゃ、後はよろしく~」

 ピンキーやめてよ、今の状態で二人きりにしないで!と必死に目で訴えるも、彼女は(まあ頑張りなさいよ)とでも言いたげに、鼻歌を歌いながらその場を去っていった。その場には、状況がいまいち読めていないレッドと、頭の中がごちゃごちゃしており明らかに普段の様子ではない、挙動不審のが残る。

「―――

「ひゃい!?」

「え、何その返事……。お前なんか様子変だぞ」

「そそそそそ……そんなことありませんけど!」

 そんなことあるだろ、とため息をつきながらレッドはどさりとの隣に腰かけた。そのままレッドは「そういやカメキの事だが―――」と話を続けたが、の耳には全く入ってこなかった。どうしようどうしよう、とそれだけが反復する。レッドの様子を見るに、恐らく先ほどの会話は聞こえていなかったように思う。しかし、聞かなかったフリをしているだけという事も考えられるので、油断が出来ない。こうなったらいっそ聞いてしまえば楽になれるのでは。

「……で、結局さ、」

 レッドはそう言いながら隣に目線を移そうとした刹那、の声が遮った。

「ねぇレッド、さっきのピンキーと私の会話、聞こえてたりする!?」

「はぁ?なんだよ急に……てかお前、もしかしなくとも俺の話聞いてなかったな!?」

「お願い答えて!!」

 そう必死に懇願すると、レッドは若干困惑しつつも「別に聞こえてないけど……」と答えた。それを聞いて、先ほどまでの緊張が一気に解け、どっと疲れが出たはその場に崩れ落ちた。

「あぁ~~~~っ……よかった……」

「おい、マジで大丈夫なのか?」

「あぁ、うん。今の返答聞いて頭がかなり冷えたから、大丈夫よ」

 ごめんね、と一言レッドに声をかけ、はそのまま立ち上がる。レッドもそれに倣い、腰を上げた。はここにずっといても仕方ないから場所を変えましょう、とレッドに伝える。すると、そのまま彼は何も言わずにの後ろに付いた。二人は無言で歩き始める。お互い特に何も言う事もせず、ただただ流れる景色に目を向けながら、目的の場所に向かう。は、レッドと一緒に居るというだけの、この無言の時間が何だか好きだった。特別なことは何ひとつとしてない。けれど、こうして一緒に黙々と何かをしていると妙に落ち着くのだ。ピンキーと一緒にいるときの安心感とはまた別の感覚で、言葉にしようにもうまく表現ができない。そんなことを考えていると、目的の場所に着いた。
 ノコノコ村から少し離れたところにある、開けた丘だ。この間が、ひとりで散策をしていた時に見つけた場所である。その時は夜だったこともあって星がよく見え、山々の間から覗く月がとても綺麗だったことを覚えている。昼間だとまた違う景色を見せていた。青々とした空が広がり、清々しい気分になる。山よりももっと上の方から太陽がとレッドを照らす。かなり見晴らしがよく、レッドもその景色に目が釘付けになった。

「うわ……村の近くにこんな場所あったんだな……」

「綺麗でしょ?この間見つけたのよ、まだ誰にも教えてなかったけど」

「―――へぇ、じゃあ俺が一番最初ってことか。ピンキーに妬まれないといいんだが」

「何言ってんのよ」

 くすくすとは笑う。レッドはそれを見ながら「ピンキーはお前の事となるともっと口うるさくなるから」と呟いて、目の前の壮大な景色へ目を移した。も、その様子を見てからその場で腰を下ろす。よく見ると生えている植物もとても生き生きとしているようだ。この辺りの空気はとても澄んでいるので、なるほど、とは思う。この壮大な景色は、土壌や植物、色んなものが混じりあってできたひとつの作品なのだと感じた。しばらくこの景色を堪能していると、ふいにレッドが口を開く。

「それにしても、カメキとピンキーは毎回よくやるよなぁ。一週間に一度は必ず言い合いしてるような気がするんだけど」

「それは盛りすぎ……、まあでもそうね。喧嘩するほど何とやらとも言うし、仲良しなんでしょ。ちょっと羨ましいわ」

「ふ~ん……。じゃあ俺たちもああやって喧嘩してみるか?」

 そう言ってレッドはファイティングポーズを取る。それを横目に、は深くため息を零しながら

「―――私は、普通に仲良しがいいけどな」

と呆れた顔で呟いた。それを聞いたレッドは訝しげに問う。

「普通に、って……例えば?」

 はうぅん、と悩む。自分で口にしたことだが、そういえばあまりイメージしたことがなかった。仲が良い証拠ってなんなのだろう、と一通り思案してみる。その時、何となく、親友のピンキーが浮かんだので、彼女と普段やっていることを思い出しつつ、は更に考えを巡らせた。例えば、何もなくても顔を見に行ったり、遊ぶ約束をしたり、夜まで語り合って、互いの家で寝落ちたり。あとは、キノコタウンへ一緒にショッピングに行くこともある。ピーチ姫主催のパレードを見に行ったこともあったな、と今まで行ってきたことを振り返っていく。
 レッドはその間もの顔をじっと見つめていた。はそれには気づかず、うんうんと唸っている。ある程度考えがまとまったのか、ハッとして顔を上げると。ようやくレッドが自分の顔を見ていたことに気付いた。

「……え!?何!!?」

「いや、やたら真剣に考えてるから面白くて。どうだ、いい考えが浮かんだか?」

「う~ん、そうね……。まあ例えばだけど、一緒にキノコタウンに出掛けたり、遊んだり……あとはそうだな、どっちかが寝るまで電話したりとか、そんな感じ。そういえばレッドとはそういう事した事がなかったよね」

 は何も考えずに、今自分が思いついた事をつらつらと話した。ただ、それを聞いたレッドは途端に黙り込む。レッドの変化に気を取られる事なく、は話し続ける。

「……まぁ、なんか色々言ったけど。一緒に居るだけで楽しかったり、落ち着いたりする人っていない?私にとっては、そういう関係が仲良しっていうんじゃないかなって思うんだけど……。ねぇ、レッド聞いてる?」

「―――いやっ……、お前それ」

 レッドが妙に赤くなった顔でそう言った。はというと、レッドの言っている意味が分からず頭を悩ませた。何か変なこと言っただろうか。はピンキーと普段やっていることを素直に話しただけだ。お互い親友のように思っている間柄なので、仲は悪くない。むしろ誰よりも仲がいいと思えるのは、彼女だけだ。そのピンキーとしていることを、ただレッドに話しただけなのに、どうしてこうも急によそよそしくなるのだろう。はただ、ピンキーとやっていることをレッドともやってみたいと思っただけだがそこまで動揺される理由が分からなかった。なぜ?という疑問ばかりが浮かぶ。

「……自分が何言ってるのか分かってんのか?」

 レッドは、少しの間言おうか言わまいか迷っていた言葉を口にした。はついに堪えきれなくなって、レッドの方を向きながら零す。

「どういう意味?もしかして、私とそういう事をするのは嫌、ってこと……?」

「嫌とかじゃなくて……あぁ~~~~っ!お前それ俺以外にも言ってんのか!?」

「え?―――ねぇ、さっきからどうしたの?なんか私、変なこと言った?」

 だんだんと不安になってきた。レッドはああでもない、こうでもないと一人で焦っているし、やはり自分が何か彼の地雷でも踏んでしまったのだろうか。それなら謝るべきだけれど、見当もつかないことに謝罪などできるはずがない。

「いや、別に……。あのさ、お前がさっき言ったことなんだけど」

「うん」

 それって……、同性同士じゃ普通の事かも知れないけど、異性同士でやったら恋人になると思うんだけど。

 レッドは、そう早口に言うと、そのままから目を逸らす。はというと、その言葉を聞いて石のように固くなった。今日一番のやらかしをしてしまったかもしれない。きっとそうだ。は爆発寸前のボムへいに負けず劣らず顔を赤らめて俯いた。

(そっ……そういう事!?あぁでも翌々考えたらそうだ!うわ、うわ~~~……)

 想像してみる。レッドと一緒に、キノコタウンへショッピングに行ったり、遊んだり、パレードを見に行ったりする様子を。は何処かに出掛けること自体が好きなので、退屈はしないだろう。何より、レッドと一緒にいられるだけで楽しいのだから。レッドは刺激やスリルが好きなので、そういったことにはあまり興味がなさそうだ。けれど、退屈な表情を浮かべながらも一緒に楽しんでくれる優しさはある。それらを第三者が見たらどう思うだろう?きっと口をそろえて「恋人同士」と答えると、断言できる。だってそうだ。そのような男女を出先で見たら、恋人同士なのかな、なんて思うに違いない。そこまで考えて、はいかに自分が大変なことを言ってしまったのか、即座に理解した。これではレッドに「私はあなたとそういう関係になりたいです」と言っているようなものだ。穴があったら入りたいという状態ってこんなことを言うんだろうな、なんて現実逃避じみた事を考えることくらいしか、できなかった。互いに沈黙が続く。そよそよと二人の間を通り抜ける風の音だけがこの場を支配していた。沈黙が続くだけ、の鼓動は早くなっていく。は、この高鳴る心音をレッドに聞かれていないか心配で仕方がない。

 すると、レッドがその沈黙を破り、大きく息を吸うと、目を泳がせつつもぽつぽつ呟くように話し始めた。

「……なんていうか……まぁ、お前はそういう意味で言ってるわけじゃないのは分かってるから」

 ぐい、と軽く背伸びをするレッドに視線を移す。には、何だかその様子が変に取り繕っているように見えた。それに、一歩間違えば告白にだって捉えられる先程の自分の言葉を「そういう意味で言っているわけじゃない」の一言で終わらせられることに妙な寂しさを覚える。レッドにとって自分はその程度なのかな、と我ながら何を考えているのだろうとは思うのだが、そう考えられずにはいられなかった。

「―――そっ……か」

 言って、思わずレッドから視線を逸らした。別に酷いことを言われたわけでもないのに、涙が出そうだ。あぁやっぱり、変なこと言わなきゃ良かった。これでレッドとの距離が曖昧になってしまったらと思うと怖くて仕方がない。せっかく自分を受け入れてくれる相手を見つけたと思ったのに、関係と言うのは失言一つで壊れてしまうものだということをはたった今思い出した。

(ごめんピンキー、私本当にダメかも……。)

 そう思い、今朝よりも重く感じる身体を持ち上げてゆっくりと立ち上がる。もうさっさと帰ろう、とレッドに声をかけようとした瞬間の事だった。

「―――

 自分を呼ぶ彼の声が足を止めた。恐る恐る振り向くと、レッドがやたら不安げな、けれど何処か覚悟を決めたような面持ちでこちらを見ている。そんな顔をして、一体どうしたのだろうか。

「……?」

 は何も言わず彼を見つめた。

「……こっ、こんな事を言うのは、その……、どうかと思うんだけど……」

「うん……?」

「―――お、俺は……!お前がいいなら……その、」

「なぁに、レッド。何が言いたいの?」

 なかなか言葉を続けようとしないレッドに、訝しげにが言う。正直言って、レッドの話を悠長に聞けるほどの余裕が今のにはない。さっさと言うことを言ってほしいとさえ思っている。そのの気持ちを知ってか知らずか、レッドはの言葉を聞いて、先程までのたどたどしい口調は何だったのかと思えるほどに、はっきりと、の目を見て

「つっ……付き合ってもいいと思ってる……!」

 と、言ったのだ。
 まさかそんな事を言われるとは思っていなかったは思考が停止した。というよりも、その言葉をはいそうですか、と飲み込むことが出来なかった。この人、何言ってるの?という疑問の方が勝って、今度は何も言えなくなってしまう。

「……」

「……あっ、そのそれはそういう意味じゃなくてこう、がやりたい!!って言ってたことに付き合ってもいいという意味でだな!?」

 が何も言わない事に、何か思う事でもあったのか、レッドは慌てて言葉を訂正したが、当のは未だに固まったままだ。ぼうっとレッドの顔を見つめて突っ立っている。

「―――あ、えっと、でもそれは、恋人同士じゃないとできない事なんでしょ……?」

 ようやく頭がまわるようになったはそれだけ言って、レッドの言葉をどう解釈すればよいのか考え始めた。"そういう意味じゃない"と分かってはいるけれど、レッドはがやりたい"そういう事"に付き合ってやってもいいと言っている。けれどそれは、傍から見れば恋人同士のそれだという事で。厳密に言えば男女の友達としても成り立つだろうとは思うのだが、レッドの意見はそうではないのだろう。だからこそ「恋人になるんじゃないか」というセリフが出てきたわけで。

(え、どういう事?レッドは私とそういう風になりたいの……!?)

 いくら考えても、辿り着く答えなどひとつしかない。の心音がどくどくと音を立てる。全身に血が巡り、だんだんと熱くなっていくのが分かった。違ったらとても恥ずかしいし、それ以上に、今後彼とどう顔を合わせればいいのか分からなくなってしまう。けれどもう、ここまで来たからには言うしかない。はっきりさせておきたいのだ。自分の気持ちも、彼の気持ちも。
 は大きく息を吸い、そして。

「それってさ。レッドは、私の事が―――」

 好きってこと?

 言った。もう後には戻れない。レッドはその言葉を聞いて、何か言いたげにしたが、そのまま俯いてしまった。

(まあ、でもこれしかない……よね。勘違いではないと思うし……)

 振り返れば、実はそうだったのではないか、と思う部分が何度かあった。やけに気にかけてくれたり、危ない目にあったときは、誰よりも早くかばってくれたり。自分も彼も、鈍感すぎたのか、それとも敢えて気づかないフリをしていたのかは、わからないけれど。は、今まではそれらの行動は彼の優しさからくるものだと思っていたが、本来、先程も述べたようにノコノコ族は臆病な者が多いのだ。レッドはスリルや刺激が好きだといいつつも、驚くときはしっかり驚くし、怖がりなところもある。けれど、に危機が迫ると、危険を顧みずに前に出て、守ろうと動いてくれるのだ。その行動の原理は、優しさではなかった。それもこれも、全部―――そういう事だ。

 無言の時間が続く。数十分か、一時間程経っただろうか。正確に測ればもっと短いのだろうが、体感ではそのように感じた。ようやく顔を上げたレッドは、夕焼け空の色に染めた顔でを見る。若干涙目になっているようにも思えた。ふるふると身体を小刻みに揺らしながら

「―――そ、そうだって言ったらお前はどうするんだよ!!」

 と、声まで震わせて叫んだ。
 何だかその様子が彼らしくて、はくすり、と笑いつつ安堵の息を漏らす。そしてそのまま、レッドの渾身の一言には返事をせず、静かに彼の傍に近寄ってちゅ、と軽いリップ音と共に、彼から距離を置く。

「……これが答え」

 すっきりした、とでも言いたげに笑うに対し、レッドは未だに固まったままで、顔を真っ赤に染めながら暫く何も言えなかった。

『喧嘩するほど』のセリフリメイク&2022年の書き初めでした。ここまでくると最早新作でしたね。今年もよろしくお願いします。

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