掌の上で踊らせて(タコワサ将軍)

 さて、化粧を施そうとした時の事だ。
 何様のつもりだ、と言いながら自身の部屋にずかずかと入ってきた者をは見ないふりをした。面倒くさい、という感情だけがを支配する。こうなった時の彼は放っておくのに限る、と決めていた。顔も見ずにはぺたぺたと保水液を付け始める。
「おい、聞いているのか」
 返事はしない。
「無視するな」
 きゅ、と目尻に長めのアイラインを描いていく。
!」
 鏡越しに、声の主と目が合う。元々悪い目付きを更に酷く細め、こちらを睨みつけるその顔。見る者が見れば、すぐさま土下座をせねばと思わせる程に威圧感のある風貌。それは当然の事だ。なぜなら、彼は将軍の立場であるのだから。
「――はいはい、そんなに大きな声を出さなくとも聞こえていますとも。何用ですか上様」
 けれど、当のは平然としている。返事をしつつも、薄桜色のリップを唇に乗せて妖艶に微笑みを浮かべた。
「お前、立場というものを理解していないのか?」
 上様、と呼ばれたその男──たちオクトリングやオクタリアンの親玉、タコワサ将軍は無理やりの頬を掴み己の方へと向ける。その強引な行動にさえ臆さず、は彼の思うがままにさせた。
「はて、なんの事やら。上様は言葉が少なすぎますね」
「ギッ……だから!お前の立場は何だと聞いている!!」
 飄々としているとは逆に、タコワサは今にでも噴火しそうなほど顔を赤く染めている。果たしてそれは怒りの感情だけを含んだものなのか、と問いただしたくなる程に。はくすくすと手を口にあてて笑いを堪えた。何故このお方はこんなにも分かりやすいのか。だからこそ、の加虐心を掻き立てるのだとも知らずに。
「私?そうですねぇ、畏れ多くも言わせていただきますと、上様の友人にございます」
正座の形をとり、ぺこりと深く頭を下げる。
「そっちではない!!!」
 その返答はタコワサの求めるものではなかったらしい。早く本音を溢してはくれないか、とは逸る心を抑える。早く早く。私はあなたのその口から聞きたいの。言外に、タコワサを目を見つめる形でそう伝える。
「……っ、そ、そうだ!お前は、お前、は」
「はい」
 碧眼を細め、どのタコよりも整ったその顔をタコワサに向けた。そうすれば、タコワサはギッ……と壊れた歯車のような声を上げては狼狽える。けれど彼も男だ。ここまで言いかけて、何も言わない選択肢を取るほど意気地なしではなかった。
「お、オレのいっ……許嫁ではないか!?何故そうもアタリメばかりを褒め称え……むぐっ」
 そこまで言って、後の言葉は出てこない。が指を彼の口に押し当てたからだ。意地悪だと思われるだろうか。頭が高いと怒られるだろうか。ああ、なんて可愛い嫉妬。一族の王である彼がというただの女に翻弄される様は、他の者が見ればなんと思うだろう?
 情けない?意気地なし?尤も、がタコワサのこのような姿を他者に見せることなど絶対にありえないのだが。
「ええ、そうです、上様。はい、私……は上様のもの。けれど、上様も、のものでございます」
 にこりと目を細め、は色っぽい笑みを浮かべてタコワサを見つめる。熱を孕むその目は、いとも簡単に彼の意識を自分に向けされることができると、知っているからだ。
「アタリメちゃんばかり?何を仰いますか。それは上様でしょうに。嫉妬してしまいますわ、この私というものがありながら、アタリメちゃんばかり構うんですもの……」
 指を彼の唇から離し、代わりに恋い焦がれる身を彼に預けて動きを封じた。このまま手を出してくれればいいのに、と思うが、タコワサが乱暴にする筈がないという確信もある。そうやっては彼を弄ぶのだ。
「私とアタリメちゃん、どちらが上様にとって大切な存在なのでしょうね……ふふ。あら?上様、頬が赤くなっておりますね。熱でもあるのでは」
 もにもに、と頬をいじりながら。愛しい愛しい彼の膝の上では満足そうに口角を上げる。一方のタコワサはというと、されるがままで、をただただ睨むことしかできなかった。

タコワサ将軍って可愛いですよね。

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