香水(入間銃兎)

 嫌気がさすほど暑苦しい太陽の下で、掃き溜めが集まったと表現するに相応しいこの街を巡回し、いつも通り帰路に着く。今日も変わらずこの街は五月蝿いな、と舌打ちをしつつマンションの玄関を開ける。すると、普段とは違った雰囲気を纏いながら彼女は自分を出迎えた。

「銃兎サンおかえり~」



 ……髪を切った訳でもなく、服はいつものように黒いジャケットにショートパンツで、そこから覗くスラリとした白い脚。何も変わらないはずなのだが、たしかに雰囲気が違っている。
 ――まあ、どうでもいいな。
 と自嘲を混ぜ、考えるのを放棄した途端に、ふわり、と嗅いだことのない香りが自身の鼻をつく。……あぁ、このせいか。と納得し妙に機嫌のいい彼女の後ろ姿を見ながらリビングへ足を運ぶ。ネクタイを外し、ソファーに深く腰を下ろすと今までの疲れがどかり、とやってきた。

「はぁ……」

「ねぇねぇ銃兎サン、私、いつもと違うでしょ?」

「あ……?あぁ……そうですね」

「何が違うと思う?」

「香水を変えましたよね。悪いですが、ちょっと疲れてるので後で――」

 と、言いかけた刹那、ある疑問が浮かぶ。
 ――それはどこで手に入れた?
 彼女……卯月は自分が面倒を見ている成人済の非行女だ。成人済とはいえ、何か仕事に就いている訳でもなく、ヨコハマの街をふらつき、他の誰でもない、この入間銃兎に、無様にも補導された女である。訳あって今は自分で彼女を引き取り、保護している。もちろん、彼女の財布の紐は唯一の収入源である自分が管理していて、必要最低限しかお金を渡していないはずなのだが――。

「お前、その香水はどこで手に入れたんだ?」

「アレ、左馬刻くんから聞いてない?」

「左馬刻?」

「そう!今日ね~、街を歩いていたら偶然左馬刻くんに会ってね。香水欲しいって話したら、余ってた香水貰ったんだ~!!」

 "――左馬刻から貰った"。
 その言葉を耳にした途端に、自身の心が僅かにざわついたような気がした。……別に、自分は卯月に対して恋愛感情を抱いているわけでもないし、他の誰かに香水を譲って貰ったくらいで嫉妬するような器でもない……が。
 ただ、どうしようもなく、自分の部屋にいる女が、他の男の香りを漂わせているのが気に食わなかった。ましてや、それが自分に好意を向けていると分っている女なら尚更――。自分の手の内にあるものが、他に目移りするのは面白くない。ため息を吐いてソファーから立ち上がり、液晶テレビの隣に置いてある愛用の香水を彼女に投げつけた。

「わっ!……急になに!?」

「……左馬刻の香水ですが、仕事終わりの私には少々香りがキツくてですね。変わりにソレ、あげますよ」

「え。だってこれ、銃兎サン使ってるんじゃ……」

「別に高い物でもないですし、また新しく買うので……いいですよ」

 自分の本心は告げず、それだけを言い残して風呂場へ向かう。リビングから聞こえる彼女の嬉しそうな声を聞きながらゆっくり浸かる風呂は、何時もより心地よく感じた気がした。

香りが人体に与える影響は大きく、嗅覚は五感の中で二番目に影響力が強いと言われている。そうです。

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