あの時から変わらぬ愛を貴方へ(鯉登音之進)

「音之進くん」

 自分の名前を呼ばれるたびに、思うことがあった。それは自分のようで、自分ではない「音之進」を呼ばれているような、なんとも形容しがたいもので。「鯉登音之進」が「鯉登音之進」でなくなるような―――、違う自分を呼ばれているような。それは決まって、自分に好意を持った異性から名前を呼ばれる時にだけ起こる現象だ。
 昔から、自分は周りの異性から好意的な目を向けられることが多かった。もっと簡単に言うと―――異様にモテた。周囲の男より運動ができて、勉強ができて、多分、それなりに整った顔をしているだろうから。

「なんじゃ」

「お昼、一緒に食べませんか?」

「いや、すまんがおいには……」

 と言いかけたところでハッと息を呑む。おいには……誰がいる?別に誰かと約束していた訳でもないし、予定がある訳でもない。―――しかし、確かに今、自分は"誰か"と一緒に居なければ、という感覚に襲われた。目の前に立っている同級生の女生徒ではなく、もっと……そう、大切な誰かと。自分はこの女生徒を通して誰を見ているのだろうか。
 大切な誰かと言っても、いわゆる恋人と呼ばれる人を今までにつくったことはなく、告白されることはあってもこの違和感を拭えず、どうしてもいい返事をすることができずにいた。だから、自分にとっての大切な誰かなど、家族以外に存在し得ないはずなのだが。

「誰かと約束でも?」

「―――いや、なんでもない。いいぞ」

「……本当ですか!?嬉しい!ではお先に、屋上で待っていますね!」

 そう言うと、女生徒はぱたぱたと早足に教室から出ていった。ほんのこて忙しいやつじゃな、と心の中で悪態をつきながらその背中を見守る―――やはり、自分はあの女生徒を通して誰かを見ている。
 ……誰なのだと自答しても返ってくる答えなんてない。でも自分は確かに大切なことを忘れている気がするし、"それ"は絶対に忘れてはいけない事のような気がした。
 ―――ところであの女生徒の名前は何であっただろうか。名字だけは覚えているのだが、いくら頭を悩ませても、やはり名前は思い出せなかった。

ついったーにて「#このタグを見た人はやはり名前は思い出せなかったで終わるSSを書く」が流れてきたので書きました。

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