何の前触れもなく、私の髪をいじっていた執事が口を開く。
「お嬢様は、絶対に叶えたい願いなどはありませんか?」
「絶対に……?」
そうね、と頭の中で思いを張り巡らせるも、これと言った答えは出てこない。もちろん、願い事はたくさんある。お嬢様という身分であるため、自由がきかないことのほうが多い中で、これがしたい、あれがしたいなど小さな願いは数え切れない。 しかし、だからといって絶対に叶えたいかと問われるとそうではない。
「難しいですわね、絶対にと聞かれるとそう簡単には思い浮かびませんわ」
「そうですか?私なら……そうですね、愛する家族と共に過ごしたい、とか」
愛する家族。愛。その言葉を耳にした途端に思い浮かぶ人物が一人。
光に照らされて輝くブロンドの髪と、強い意志を感じさせる蒼い瞳。あぁ、彼は今何をしているのだろう。考えるだけでも心が踊る。
「まあ、とても素敵な願いね」
「ふふ、ありがとうございます。……あ、少しお待ちいただけますかお嬢様」
執事が出ていった為、一時の静寂が訪れる。その静寂に包まれながら先程問われたことをもう一度ゆっくりと考えてみる。すると、先程までのぐちゃぐちゃした頭の中が嘘のようにすっきりと、しかも呆気無く紐解かれた。ああ、なんだ。絶対に叶えたい事なんてひとつしかないではないかと己を叱咤する。
「あの方と……あの方と、共に死にたいわ」
広く静かな部屋の中で私の声だけが響き渡る。なんて物騒な願い事だろう、と自分でも思う。けれど、一緒にいるだけではあの方は何処か己の手が届かないところへ行ってしまうような、そんな気がするのだ。ならばいっそ、己の意識があるうちに、その身が果てるのを見届けたいと思うのは普通なのではないか。
「なんて」
「……お嬢様?」
「あら、お帰りなさい」
何かすっとしたお顔をなさっておりますね、と言いながら、また私の髪を手にかけた。
叶うならば(Dio)
愛する人と一生を過ごせないなら、いっそ死に際を拝みたいと思うのは、歪だけど愛に変わりはないのだろうと思います。